儚げで繊細に見える指使いから、それでも確かに力強い音色を奏でてギタリストは曲を紡ぐ。滑るように速いスピードの鮮やかさと心地良い粘質を持った響きがユキヲを鳥色にした。
溶かしてしまいそうなほど暖かく柔らかく心臓を包み込みながらも、反面、肌の上は触れるか触れないかのぎりぎりのカーヴで音が遊んで行く。そんな形容しがたい感触をユキヲは確かに得ていた。
最後の音符が空気に溶けたのをはっきりと確認してから、まるで溜息のようにユキヲは長い息を吐く。それから賞賛の拍手と感嘆の声を慌てて放り出した。
「いつ聴いても寿命が縮みそうになるよ」
「そりゃあそういう風に弾いてるからね」
命を削ったのが当然と言わんばかりだったのでユキヲは慌てて訊き返す。
「え? じゃあこの調べを聴き続けたら死んでしまうの?」
「そりゃあそうさ。それくらいのリスクは背負ってでも聴く価値はあると思うけれど?」
ギターを脇に置き彼は腕を組んで、長い髪の間からユキヲの眼をじっと見た。
「そ、それじゃあ命はどこに消えたの?」
「それなら、僕の曲はどこに消えたの?」
質問の無意味さをユキヲは知り、メロディを纏って消えた自分の命の一部を想像した。それはとても幸せな空想だった。
「ははあ。最高のものに触れるときは覚悟が必要なんだね」
「どうする? 失った寿命は戻らないけれど、もう一曲聴いていくかい?」
悪戯好きの笑顔を浮かべたギタリストの問いに、強く目を瞑りながらユキヲは顎に手を当てて首を捻る。それから数瞬後に困ったような顔で言った。「もう一曲だけ」
「おやおや物好きだね。じゃあ次は『マイ・フェア・アンドロイド』を聴かせよう」
呆れたといわんばかりにたっぷりと驚いて見せて、彼はギターを構えた。「君の命と引き換えに」
先程とは打って変わって今度は計算され尽くした数式のような硬質さを持った旋律を響かせる。そして音楽を壊さぬようギタリストは心の中でユキヲにこう告げたのだった。
命は必ず亡くなるから命というのさ。こうしている間も君の寿命は確実に減っていく。道を歩いたって同じだけ減っていく。なにをしようと減るのが命さ。だから何処で何をして何を思って砂を零すかが大事なんだ。このメロディはその命に必ず見合うものだと僕は信じている。
posted by sakana at 12:58|
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ミルク特別篇
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