2008年12月18日

お城でゆでたまご

 荘厳なる沈黙の王。口を開けば魔物が住まう。言無しの王には娘がひとり。王女は生を受けて十九年後に男児を授かった。しかし息子は災厄の始まり。それでも産声を漏らさねば生きることができたが、空気は無残に裂かれてしまう。悲しみの産声は王の耳にも届いたから、赤子を左手に抱き、二階の西の果て大きな鼎の元へ。準備万端整えて畏まっている家来は十分な別れの時間を取ってから、恭しく両手で受け取った。渡された赤子は並々注がれた湯の中へそっと沈められる。ぱしゃん。という相応の音は、くつくつ。という静かな熱色に消えてしまう。それから木杓子で王自らがかき混ぜる。やがて四肢はとろんと離れ骨を残して絶望に蕩けても、火は落とさずにすべての水が飛ぶまで王はそこから離れない。鼎が焦げ付く寸前、たらんたらんと沸き立つ蒸気にはっきりと混じる一条の薄青は王の肩の上で兄弟に巡り逢う。


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2008年12月20日

悲しみの果て

「『悲しみの果て』が見てみたいの」
 その少女の言葉に男は少しだけ興味を持った。
「何で悲しみの果てが見てみたいの?」
「もうこれ以上悲しみたくは無いの」
「そんなに悲しい事が起こったの?」
「人によっては些細かもしれないわ。でもあたしにはとても悲しいことが起こったの」
「へぇ……どんなこと?」
「きっと笑うわ」
「笑わないから言ってごらん」
「ハムスターが死んだの」
 ――そんなことで?
 そんなことでこれ以上悲しみたくないのなら生きていては無理だろう。
「本当に悲しみたくないの? それなら良い方法があるよ」
 少女は目を輝かせた。その顔を見て、男は僅かに罪悪感を感じたが、ポケットからナイフを出して、少女に渡す。
「これを手首か、首筋に当てて一気に引くんだ」
 男は人差し指を立てて、まるでその指がナイフであるかのごとく振舞った。
「痛いのは悲しいわ」
「それじゃ、これかな」
 そう言って、男は小さな箱を取り出す。その中には透き通った緑色をしたカプセルの錠剤が入っていた。少女はナイフを置いてカプセルを持つ。
「そいつを飲めば、段々と意識が遠のいて、眠ったまま帰って来られなくなる」
「今すぐ悲しみから遠ざかりたいの」
「そうか、一瞬か……それならこいつかな?」
 今度は黒光りする拳銃を取り出した。ごつごつとしたそれのグリップを、少女は重そうに握る。
「そいつでここや、ここを打ちぬけば良い」
 言いながら、男は自分の眉間やこめかみを指差した。少女はゆっくりとした動作で、銃口を男のこめかみに当てる。
「そこね」
「ちょっと……何処を狙ってるの?」
「『そこ』を打ち抜くんでしょう? 動かないで。もう腕が疲れたわ」
「そういう意味じゃない! それは自分の……」
 言い終える前に銃声が響いた。
 少女は出来たばかりの池の上で、しばらく立ち尽くしていたが、男が死んだことを理解すると、小さな声で呟いた。
「嘘吐き……あなたが死んで、あたしは悲しいわ」
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2008年12月22日

加奈式世界


プロローグ

 目覚し時計がけたたましい電子音を響かせようとする一分前、宮本隆行は布団から右腕だけ出してスイッチを切った。それは彼の所有物となってまだ一度も仕事をさせてもらっていない。隆行自身、どんな音かすっかり忘れてしまっていた。
 隆行は布団から出ると珈琲メーカをセットする。それから布団をたたみ、顔を洗って、トースタにパンを放り込む。それでゆっくりと意識は覚醒して行く。お決まりのルーチンワーク。
 ようやく脳が目を覚ますと細胞のひとつが昨日の記憶を身体に連絡する。
「……会社は昨日で辞めたんだった」
 朝は強いほうではないが、一度覚めるともう寝直すことはできない。仕方なく隆行は買っておいた求人誌に目を通す。しかし目は文字を追ってはくれない。思考が定まらないからだ。原因は会社を辞めた理由である。
 隆行は情報誌を読むことを諦め、珈琲を啜って一人ごちた。
「謝りたいなあ」



 時は遡る。
 4月。宮本隆行は今日が入社第1日目だった。大学在学中にも初任研修やセミナなどがあったため厳密には初めてではないが、気持ちの問題である。
 青空株式会社。それが彼の勤める会社の名前だった。名前からではなかなかに想像し難いが、簡単にいうとコンピュータ関係の仕事で職種はSE(システムエンジニア)である。隆行の配属された仕事場は自分を除いて6人程度とあまり広くはなかったが、最初はこんなものだと納得していた。
「開発三課に2人、新人が入ることになった。彼が……」
 まだ30代半ばといった課長に促され隆行は軽く頭を下げて挨拶した。
「宮本隆行です。よろしくお願いします」
 まばらな拍手。課長はにこにこと手をたたき、今度は反対側を見る。
「佐々木加奈です。一生懸命がんばります。よろしくお願いします」
 また、まばらな拍手。隆行には佐々木加奈と自己紹介した女性はまだ高校を出たばかりといったところにしか見えなかった。彼はもう少し観察しようかと思ったが、課長に席を案内されたので目線を戻した。
 隆行は最新型のパソコンのある机に、彼女は旧式の机に移動した。



 佐々木加奈は給湯室で小首を傾げていた。
「SEっていうのはお茶汲みも仕事なのかな?」
 確かに加奈はSEと聞いて入社した。しかしSEがいったいどんな職種なのかは漠然としか解っていなかった。第一加奈は生まれてから一度たりともパソコンを扱ったことがない。高校を卒業して仕事に就きたいと考えていたが職種に特別なこだわりはなかった。条件も良いし、聞いたことのある会社だから受けてみようと思ったら、本当に受かってしまっただけのことである。
 湯のみを並べて、目の前に張ってある表を見る。
「課長は珈琲、ブラック。で、こっちは紅茶、砂糖はなしでミルクを一杯……」
 面倒臭い。もっとクリエイティヴな仕事がしたいと加奈は思ったが、パソコンを使えと言われても何もできない。仕方ないので、もう少し馬鹿な振りをしていようと決めた。
 その他、雑用をこなすとお昼になった。皆、ぞろぞろと食事に出かける。その中で、一人だけパソコンに顔を近づけている人が居た。加奈は記憶の糸を必死に手繰り寄せる。確か、あれは……新入社員の宮本さん。彼はまだ仕事を辞める気配はない。加奈は給湯室に行き、珈琲という名の口実を入れて、近づいた。
「熱心ですね。宮本さん」



 パソコンの画面は隆行の思考を忠実にトレースしていた。隆行は機械が好きだった。ただただ素直に従順にしてくれるところが良い。自分で考えて主人の機嫌を損なうことがない。対人はそうもいかない。色々なしがらみや思考の食い違いが生じる。その点、機械の持つ完璧な上下関係は最高だった。
 そんな思考を弾ませ、与えられた仕事を淡々とこなしていると、いつのまにか隆行の隣に一人の女性が立っていた。
「熱心ですね。宮本さん」
 彼女はそう話し掛け、珈琲をデスクに置いた。
「もう、お昼ですよ」
 彼女は周りを見渡して言葉を続ける。「皆さん食事に行きました」
「有り難う。ええと……」
「佐々木加奈です。凄いですね。もう仕事を任されてるんですか?」
「ああ、これ? 簡単なプログラミングだから」
「これが? 簡単?」
「雑用みたいなものだよ」
 隆行は珈琲を口に運んだ。「誰もやりたがらない」
「それでも凄いですよ。あたしなんかパソコンなんて触ったこともないですから」
「え? 本当に?」
 返事をする代わりにこっくりと頷く彼女を見て隆行は驚いた。この会社はパソコンが使えなくては話にならないのだ。就職面接でもしっかり聞かれた。どうして彼女が受かったのか不思議だった。それに「だって、初任研修のときにやったでしょう?」
「そのときは隣の子とお話していて聞いてませんでした」
 にっこりと笑って彼女は言う。「もし、よろしかったら教えてくれませんか?」
 隆行は思う。やっぱり、現実世界はしがらみが多すぎる……




 加奈はそれから毎日、仕事を終えると隆行を捕まえ、熱心に勉強した。彼はとても良い師匠になった。勉強会が終わると、喫茶店で珈琲を一杯奢る。それが授業料。それにしても今まで勉強が面白いと思ったことは無いのに、もう二ヶ月も続いている。それは加奈にとっては奇跡に近いことだった。最初はOLになったらアフタ5は仕事をせず、すぐに遊びに出掛けるつもりだった。高校時代は何もできないで通してきた。いざとなれば他人がいつも助けてくれた。それは加奈の顔の造形が他人より整っていたことも助けていたが、それよりも「助けてあげなくては」という気持ちにさせるのが上手かった。それは加奈の履歴書には書けない特技である。
 隆行のおかげで、ある程度はプログラマとしての技術が育ったと加奈は思う。けれど与えられた仕事は変わらなかった。経験が欲しい。加奈がそんなことを相談できるのはこの会社では一人しか居ない。授業の後、いつもの喫茶店へは行かずに加奈はホテルの地下にあるバーに隆行を誘った。
 彼はこういう場所に慣れていないようだった。目線が定まらない隆行を見て、加奈は少しだけ優越感に浸る。
「静かなところでしょう?」
「静かなのは嫌いじゃないけど、返って落ち着かないな」
「そうですか?」
 加奈には彼が落ち着かない理由が解ってはいたが気付かない振りをして微笑んだ。椅子に座り注文する。「わたしは甘くないものを」
 仕事場とのギャップに少し驚いた様子を見せて隆行は言った。
「……僕はアルコールが少ないものを」




 ――なんというか、驚いたな。
 隆行は素直にそう思った。彼女には会社ではあまり見られない余裕があった。どちらが本当の彼女の顔なのだろうか。まあ、どちらでも良い。隆行は思考を振り払うようにグラスに口をつけた。
「……それで? 何か理由があるんじゃないの?」
「何のです? 理由が欲しいのは宮本さんの方じゃないんですか?」
 彼女はゆっくりとグラスを回すと、隆行の方を見て微笑む。
「驚いた。会社に居るより回転が速い」
「それは会社のあたしがOFFモードなんですよ」
 そう言って、彼女は人差し指を頭に当てた。「今はON」
「そうだろうね。なんで馬鹿の振りをするの」
「それは決まっています。その方が楽だからですよ」
「楽? それは楽しい?」
「飛ばしますね。まぁ、振ったのはあたしの方ですけど。相手があたしのことを馬鹿だと認識していてくれれば、そのときは楽ですよ。責任が無いんですから。楽しくはありませんけれど。宮本さん、我が社の社是って知ってます?」
 隆行は急に話を振られて対応しきれずにいた。正確には記憶を辿って、覚えていないということを思い出していた。知らない事は答え様が無い。
「『青空のように無限の可能性を開拓する』ですよ。あたしは覚えています」
「そうだったっけ?」
「ええ。けれど今あたしのしている仕事は可能性が無い」
「楽しくなりたいんだね? 楽じゃなくても良いの?」
「楽はもう良いんです」
「良い傾向だと思う。けれど仕事は本来面白いものではないよ。」
「そうかもしれませんけど……何もしないよりは良いと思うんです。それを言っておこうと思って」
 隆行は小さく頷いて、グラスを掲げた。彼女はそれに自分のグラスを合わせる。微かな音がひとつ響く。それで加奈の思考は再びOFFに切り替わった。




 次の日。加奈は課長の前に立っていた。
「あたしにも仕事を貰えませんか?」
 加奈は、隆行に認められたのが嬉しかった。きっと彼に会わなければ加奈は今も馬鹿の振りを続けていただろう。それも良く解っていた。
「お茶汲みも立派な仕事だと思うけれど?」
「お茶汲みだけが仕事というのもどうかと思うのですけれど」
「……良いだろう。じゃあこれを……明日までにやってもらえるかな」
「はい」
 紙の束を受けとって、加奈は隆行だけに見えるようにウィンクをひとつした。
 その紙に書かれている内容は、少し前なら何処から手を付けて良いのかも解らなかった。けれど今なら解る。「仕事は本来、面白くないものだ」と隆行は言ったが、仕事は面白い。仕事ができるということが面白い。始めての仕事に加奈は没頭した。
「手伝おうか?」
 何時間後かの、その言葉で加奈の脳は目を覚まし、外界を受け入れる。声の主は宮本だった。彼はもう一度繰り返して言った。「手伝おうか?」
「いえ、これはあたしの仕事ですから」
「ちょっと見せて貰える?」
 隆行は紙束にさっと目を通す。
「うん、そうだね。頑張って」
 これならできると認めてくれたのだろう。きっと彼よりは時間が掛かるのだろうけれど、それは仕方ない。だから加奈は声を張って言う。
「はい」




 やはり気掛かりだったのか、次の日少し早く会社に着いた隆行は驚くことになった。
 加奈が寝ているのだ。
 点けっ放しのディスプレィ。隆行はスクリーンセーバをマウスで払って確認する。
 ……ほとんど進んでいない。
 愕然とした。
 そこで普段は遅い出社の課長が最悪のタイミングで登場する。
「宮本君か、早いな」
「おはようございます。課長こそお早いですね」
「ああ、少し仕事が残っていてね」
 加奈をちらりと見て、課長は溜息を洩らした。
「……こんなことになるんじゃないかと思ったよ」
「済みません」
「君が謝ることではないよ。悪いんだが、この仕事引き継いでくれるかな」
「解りました」
「その前に珈琲でも淹れようか」
 そういって課長は加奈を起こそうとしたが、隆行が止めた。
「僕が淹れますよ」
 隆行は給湯室に入り、インスタント珈琲を出そうとしたが、もう入っていなかった。ごみ箱に捨てようとすると一杯だった。何をやっても駄目なときがある。まさに今がそう。苛つく自分を押さえながら、ごみ箱に空の珈琲壜を押し込む。幾つかごみが溢れたが気にしていられなかった。新しい壜を開け、隆行は珈琲を3つ淹れた。




 加奈は肩を揺すられ目を覚ました。
 その手の主は隆行ではない。
 ――寝ていた? 時間は?
 加奈は慌てて時計を見る。
「8時だよ」
 課長だった。
 昨日の夜に淹れた珈琲の隣りに、新たに淹れられた珈琲があった。
「し、仕事は?」
「できているはずがないだろう? 宮本君に引き継いでもらったよ」
 隆行の机に首を振る。彼は黙々とキィボード叩いている。
「君のお陰で彼の仕事がまた一つ増えたね。どうするつもりなの?」
「済みません」
「済みません? これは遊びではないのは知っているね? これは仕事だ。このプログラムでお金を貰い、君の給料も出ている訳だ」
「はい……」
 その後、こってりと絞られた。自業自得だと自己嫌悪に陥る。あれだけ去勢を張った挙句にこの低落では仕方無い……仕方無いのは解っているが、問題は別に在る。その所為で課長の叱咤も加奈の耳に入っていなかった。
 その日の業務時間を終えると、加奈は仕事以上に気になっていた問題を片付ける為に、隆行の側に寄る。
「折角教えていただいたのに、済みません」
 こんな言葉では何の解決にもなりはしない。けれど加奈にはそう言うことしか出来なかった。
 隆行は何も語りかけてくれなかった。




 加奈が退職して幾月後、隆行は一人残業していた。
 珈琲を飲もうと給湯室に行くと隅の方に、銀色の光りが見えた。
「?」
 何の気無しに手に取ってみる。埃を払うと錠剤の空き袋のようだった。裏を返して見ると、そこには睡眠薬と書いてある。
「これは?」
 隆行は考える。
 会社に睡眠薬。意外な組み合わせだ。接点がまるで無い。会社で起き続ける必要は有っても、眠らなければいけないような状況は皆無だ。
 ――彼女が眠った理由はこれの所為ではないのか?
 確かあの時……空の珈琲壜を捨てようとして、ごみ箱が一杯で幾つかごみが溢れた。この睡眠薬の空き袋はその中のひとつだろうか? 数ヶ月前のごみが残っているなんてことが有るのか。何故あの日に限って課長は早く出社してきたのだろうか? これは考え過ぎだろうか。
 しかし、最後の疑問が全てを肯定した。
 加奈は眠ってしまうような人間だったのか?
 もしかしたらこれすら課長の思惑かもしれない。けれど隆行が取った行動はひとつ。会社に対する未練は無かった。


エピローグ

「謝りたいなあ」
 トースタからパンを取り出し、隆行は再び呟いた。
 狐色のパンにバターを塗り、求人情報誌に目を通す。
 いくら不況とはいっても、こんなにも仕事はある。不思議に思う。何故多くの人はひとつの会社に縛られた生き方を選択するのだろうか。居心地が悪かったら辞めてしまえば良い。辞めるという選択肢や、次の仕事を探すという選択肢。そう選択肢は多い程自由なのだ。
 そんな自分を慰めるような思考を進めたが、反対に出るのは溜息だった。隆行はプラス思考の似合わない男なのである。
 けれど、不思議に気分は悪くなかった。

 数ヶ月後、隆行は新しく勤める会社で偶然にも加奈に出逢うことになるのだが、それはまた別の話である。
posted by sakana at 09:43| Comment(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月23日

ミルク

 ユキヲは夜の端っこで密やかにミルクを飲んでいた。グラスに浮かぶ水滴を通して黒の先を見る。
 朝は近い。
 確信めいた希望はすぐに裏切られる。まだ三時にも成らないのだ。
 夜と朝の境界線が見たい。
 たった其れだけのことの為に、ユキヲはじっと朝を待っている。夜が持つ絶望と朝特有の希望が混ざり合い、離れる瞬間をユキヲはじっと待っている。
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2008年12月24日

本当の理由

 巡察機<サーケイジュ>がそれを発見したのは偶然だった。
「艦長。惑星361周辺に小型生物反応あり。映像送ります」
「これは……人?」
「……そのようですね」
「圧加服もなしで開放宇宙を? 空気泡もないわよ?」
 艦長ミレイユは邪魔臭そうに麗しい長い髪を掻き揚げて視界を広げ、目を細めて再び視野を狭めた。モニタに映る青い惑星。空気の編成が違い過ぎるのと重力が強過ぎるという理由から降り立つことは不可能な、遠くから眺めることしかできない鑑賞用の大地。星は少し遠くから見た方が美しいというのは常識であるから、降りることができないのなら肉眼で見るほど近づく意味がない。モニタ越しで見るのなら何処で見たって一緒だからだ。わざわざ艦外に出て眺める物好きなどは居やしない。そうであるからこんな辺境を巡察する理由などミレイユには見当たりはしなかった。無人巡察艇の一機で充分。とはいうものの戦闘もなく兵役を終了させることができるのだから良いかともちらりと考える。
「艦長?」
「……ああ。停止信号を送って。停止の意思を確認できたら一般二十六言語で順番に話し掛けてみるように」
「そういえば去年もこんなことがありましたね」
 キィボードを叩きながら通信士が思い出したように放った言葉は引き金となり、奥の方で眠っていたミレイユの記憶を引き出した。
「……毎年よ。そういえばそんな時期か」
「返答がありません。如何致しましょうか?」
「決まっているでしょう? 宇宙は私達のものなのよ。撃ち墜しなさい」
 ミレイユの艦が巡察機でなければ捕獲という選択肢もあるのだが、巡察機には要員も少なく空きスペースも保存環境もないのが通常である。そしてミレイユ艦も例外ではない。だから巡察機が敵と見なした場合は映像を残した後、撃墜か撤退が採られるべき選択肢なのである。
「機雷放出用意。位置1−5−10−2−6−1。準備完了出来次第、放て」
 ……サンタが減った本当の理由を地球人は誰も知らない。
posted by sakana at 09:45| Comment(1) | その他千文字 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月25日

サンタの友達

 僕に与えられた任務は「少年にサンタクロースを信じさせること」。本来なら頼まれた友人の仕事だが、顔が割れているので仕方ない。それに成功すればいくらかの報酬が出るし、懐が寂しいのも事実だった。そして同時に失敗できない任務であることも事実である。報酬が期待できないからではない。少年を人間不信に陥らせる可能性があるからだ。
 大人は汚い。
 少年の心の底にあるのはきっとその少し歪んだ認識にあるのだと思う。それを取り除いてやれば任務は文句無しの成功といって良い。そんな重大な任務だからこそ……だからこそ、僕はサンタクロースという間抜けな格好を甘受して窓から侵入しようとしているのだ。
 少年を騙すことになる。それは解っている。成功したって、いつかは気付くに違いない。けれど大事なのは今。そう今なのだ。夢の無い少年時代を過ごしたのではあまりに可哀想過ぎる。
 母親に頼んでおいた通り、部屋の窓は開いていて、僕は無事に少年の部屋に辿りついた。顔を左にひねるとベッドがあり、そこには小さな少年が横になっている。ベッドにはやはりというか靴下は無い。部屋の印象はいたってシンプル。ポスター1枚さえも無いその潔さはとても小学生の部屋には見えない。かろうじて勉強机の椅子の高さが持ち主を子供だと示しているくらいだ。僕はこほんと小さく咳払いをして、心を落ちつかせた。
 一世一代、大芝居の幕開け。ここからが本当の始まりといって良いだろう。
「起きているかい? 新一君」

◆ ◆ ◆

「……しんいちくん」
 ぼくの名前だ。ぼくは呼ばれている。起きなくてはいけない。まだ少し、頭がぼんやりするけれど、それは仕方ない。起きてすぐはそういうものだから。目をこすって身体を起こす。
――!!
 ぼくの目の前には知らない男の人が立っていた。週3回家庭教師に来る先生と同じくらいの歳だろうか? 驚いたのはそれだけじゃない。着ている服だ。赤と白で作られたコートにズボン、おまけに帽子。部屋の中なのにもかかわらず、ご丁寧に靴まで履いている。これはそうサンタクロースの格好だ。
 大声を出そうとしたら、その人は「静かに」と言ってぼくの口に人差し指で栓をした。おまけにウインクまでするんだから馬鹿にしている。でもそんなことでぼくは取り乱したりなんかしない。
「あなたは誰ですか?」
 返ってくる答えは解っている。
「サンタクロースだよ」
 やっぱり。いやになるくらいワンパターン。時計を見たらまだ2時。そう思うと急に眠くなってきた。こんな子供騙しに構っていないで、もう1度寝てしまいたい。ぼくは頭の悪い子供は嫌いだけど、それ以上に頭の悪い大人が嫌いだった。
「帰ってください」
「おいおい、プレゼントは?」
 サンタクロース――の格好をした大人――は笑いながら言う。
「いらないです」
「無料なんだし、受け取るだけなら良いじゃない?」
「……受け取ったら帰ってくれますか?」
「ああ、すぐに帰るとも! 何が欲しい?」
「「何が?」ってぼくの言ったものをくれるんですか?」
「当たり前じゃないか。サンタに不可能は無いよ」
 ぼくは少しだけこのサンタクロースに興味が出てきた。今すぐ帰ってしまうのもつまらない。少しくらい困らせてみよう。その反応を見てからでも遅くない。
 ぼくの眠気は完全に去ったようだ。

◆ ◆ ◆

「当たり前じゃないか。サンタに不可能は無いよ」
 僕の言葉に聡い少年は悪戯っぽい笑みを浮かべて、こう言った。
「それなら……パソコンをください」
 まったく、この少年の賢さには舌を巻くばかりだ。笑いながら茶化してはいるが、それが精一杯の演技だった。それにしても、パソコンだって? そんな重いもの袋に入れて運べるわけが無いじゃないか。第一少年の母親からはジグソーパズルと聞いていたのだ。これは明らかに僕を試している。
「それは駄目だよ。サンタからの贈り物は形が残っちゃいけないんだ」
 必然的に作戦は変更になった。まあその方が良い。プレゼントを渡すだけなら僕ではなくともできるのだから。

◆ ◆ ◆

「それは駄目だよ。サンタからの贈り物は形が残っちゃいけないんだ」
 なんだって? サンタには不可能が無いと言いながら矛盾している。でも面白い答えだ。 ぼくはじっとサンタクロースを見る。焦っている様子は……ない。ぼくの答えを予想していたのだろうか? そんなわけはない。だったら最初から矛盾なんて起こさないだろうから。じゃあなんで焦らないのだろう? このサンタクロースは面白い。次はどんなことをしてくれるのだろうか。
「君の心の中にプレゼントをあげよう」
「心の中に?」
「そう。目を閉じて」
 ぼくはサンタクロースの行動が楽しみで言われた通り、目を閉じた。

◆ ◆ ◆

 少年は素直にぎゅっと目を閉じる。表向きは信じていなくても、心の底には幼さゆえの好奇心がある。ここからが僕の真骨頂。この子に魔法を掛けるのだ。
「深呼吸をして」
 そこで少年は急に目を開いた。
「もしかして催眠術を掛けようとしているんですか?」
「違うよ」
 僕は眉ひとつ動かさずにそう言ったが、実はその通りだった。それが僕の切り札。僕は現在、大学で心理学を専攻しているし、催眠術の作用が研究テーマである。絶対的なリアリストにほんの少しロマンティストのエッセンスを暗示によって振り掛けようとしたのだ。
 僕は少年を子供だという理由だけで見くびっていたのかもしれない。これでこの作戦も失敗に終わったのだ。
 さてどうしたものかと思案していると、少年は言った。
「形が残らないものをくれるのなら、雪を降らせてよ」

◆ ◆ ◆

「形が残らないものをくれるのなら、雪を降らせてよ」
 我ながら気の利いた科白だと思う。
「雪?」
「そう、雪。雪なら形に残らないでしょう?」
 もう1度「目を閉じて」と言われたら催眠術の可能性は捨てたけど、どうやら大当たりらしい。でも本当に催眠術なら、1度は掛かってみるのも面白かったかもしれない。
 まだ何かするかな? でも、さすがに雪の用意はしてないだろうし。それでも、ぼくはそっと窓を開けて、上を見た。もちろん雪の仕掛けをしているかどうかの確認のためだ。暗くてよく見えないけれど、そんな仕掛けは見当たらない。
 サンタクロースではなかったけれど――もともと信じてなかったにしても――この大人は良い大人だった。いつもの大人の理屈で頭ごなしに否定されることはなかったのだから。からかって悪いことをしたかもしれないな……と、ちょっとだけ後悔した。
「催眠術って1度掛かってみたかったんだ」と、困ったサンタクロースに話し掛けようとしたその時、窓の外で雪が一片、また一片と降り始めた。
――まさか!
 振り返るとサンタは微笑んで言った。
「ほら、雪だよ」

◆ ◆ ◆

 少年は窓の外を見ている。
 僕は参っていた。こうなっては白旗を揚げるしかない。十も違う少年の言葉に翻弄されている。僕は諦めの言葉を吐こうとした……その時、奇跡が起こった。このチャンスを利用しない手は無い。
 驚いた表情を張りつけて振り返った少年に僕は微笑みかけた。
「ほら、雪だよ」
 少年はあっけに取られている。僕だってそう思う。こんな偶然、クリスマスでなきゃ嘘だ。これではどちらがプレゼントを貰ったのか解ったものじゃない。
「……ほ、本当にサンタクロースだったんだ」
「だから言ったじゃないか」
「ごめんなさい」
 素直に謝る少年の頭を一撫でして、僕は言った。
「いいんだよ。良い子にしていたら来年も来るからね」
「絶対だよ! 約束だよ!」
 こうしてまた一人、サンタクロースの友達が生まれた。

◆ ◆ ◆

「絶対だよ! 約束だよ!」
 そこまで言って、ぼくは我に返った。
 ぼくが大声を出している? 騒ぐのが好きではなかったはずなのに? ……それに大人と約束するなんて?
 すべてが卒業したことだった。
 頭を撫でられるのがこんなにも心地良いことだったなんて忘れていた。
 ……それも良いか。
 だって今日はクリスマスなのだから。
 出て行くサンタクロースにぼくは手を振った。見えなくなるまでずっと手を振った。サンタクロースが時々こちらを見ては手を振り返すのが嬉しくて、ぼくは手を振り続けた。
 サンタクロースが消えたのを確かめてから、ぼくは小さな声で言った。
「メリィ・クリスマス」

◆ ◆ ◆

 僕は窓から飛び降り少年の家から遠ざかる。雪にも負けず、少年はずっと小さな手を振っていた。僕は手を振り返すと角を曲がって少年の視界から消えてしまう。
 ほんの少しの偶然が僕を救ったけれど、はたして少年は救われたのだろうか。結局サンタクロースを信じさせたとは言い難い。けれど少なくとも今日の素敵な不思議を信じることはできただろう。約束した少年の瞳にそれを確信した。
 それにしても、少年との会話を思いだしては顔が笑みで崩れてしまう。僕は恥ずかしくて下を見続け歩いていた。ふと初めに赤い靴が見えた。そして赤いズボンが見えた。そこで顔をあげると、そこには僕と同じ格好をした一年にたった一度しか逢えない友人が居た。僕と違うのはその服が着させられたものではないということと、これ以上ないってくらいに似合っているという点。
「やっぱり君のおかげか。タイミングが良過ぎると思ったよ」
 静かに降り続ける雪の中で友人は笑って言った。
「良い子にしていたからね」
posted by sakana at 12:59| Comment(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月26日

白に沈む、赤が沈む。

 文字の、記号の、線の、数の、一切がない、ただただ白いだけの地図を、ぼくは持っている。正確には地図とはいえないのかもしれないが、この処女雪のような白を片手に歩くと、目的地まで最短の道順でぼくを運んでくれる。そういった意味では、やはりこれは紛れもない地図といえた。
 今日も真っ白な地図を広げる。行きたいところを強く念じながら、赤いペンで印を付ければ、ただ進むだけで迷うことなく地図は導いてくれる。

 迷子になるたび、ぼくは赤い点を打つ。
 目的地に着けば、赤い点は消える。
 赤い点が消えれば、ぼくはまた迷子になれる。

 この地図を手に入れてから、見慣れているはずの街並みが段々と不自然に歪むようになった。桜の花が薄青に見えたり、赤信号が黒になってしまったり、飼育小屋の兎の黄色い眼、白いポスト、緑の金魚。そして人は消えた。
 狂ってしまった視界の所為で、いつのまにかぼくは、一歩進むごとに道に迷ってしまうようになった。恐くて地図を閉じることが出来ない。赤いインクはみるみる減っていき、ついにはなくなってしまう。
 ぼくは代わりになる赤を探した。けれど、ぼくの、周りには、もう、一切の、赤が、存在、しない。

 ここ、ここ、ここは何処?
 あか、あか、あかは何処?
 ぼく、ぼく、ぼくは何処?
 きみ、きみ、きみは何処?

 天を仰ぎ、蛍光燈のような乳白色の太陽に手をかざす。流れる赤がまだここにある。ぼくはこの世界で最後の赤色だった。
 ぼくは目を瞑って、きみを思い描く。それから指先を噛み、地図に赤い点を落とした。
 ゆっくりと目を開く。変わる世界。周りから一切の色がなくなり、真っ白になってしまった。何処まで行っても白。何をしても白。何を思っても白。
 ぼくはもう迷うことはない。ぼくはそう迷うことが出来ない。

 時々ぽつりと、赤い雨が降る。
posted by sakana at 23:20| Comment(1) | 千文字世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月27日

炭酸少女

 目が覚めたとき、わたしはワイングラスの中にいた。七分まで注がれた炭酸水の中に沈んでいて、わたしぱっくぱっくしてた。
 不思議と苦しくはなかった。肌呼吸をきちんとマスタしていたのかもしれない。自動的に空気を肌から吸っては口から吐いた。周りを見渡すと、わたしと同じような仔がいっぱいいる。みんな泡を吐いて、これが炭酸水の正体。いつかあなたの中で溶けていく、甘い甘い水の日常。
posted by sakana at 23:52| Comment(1) | その他500文字 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月30日

with all her sweet

 あるところに一人の女の子が切り盛りする洋菓子屋さんがありました。少し鬱なところがあるその少女は料理の腕がとても良く、特に甘いものに才能は発揮されるようでした。彼女によって作られた皿たちは清流を行く鮎のような美しさとしなやかさを見せ付けて、見た目も味も完璧としか言いようがありません。
 そして何より彼女には料理に感情を入れるという特技があったのです。それは決して誇張でも比喩でもありません。楽しいときは楽しいという感情をスポンジに込めて焼き上げ、嬉しいときには嬉しいという感情をエッセンスにしてメレンゲを泡立てるのです。それらを使った一品を食べた人は織り込まれた感情を自分のものにして喜びました。
 綺麗で美味しくて幸せになれるとあってはお店が繁盛しないわけがありません。それでも感情を料理に盛り込むということは感情を失うということと同義なので、彼女は辛い感情だけを抱えていきました。そこに少女が鬱になっていく原因があるのです。けれど優しい彼女は段々と心が濁っていくように感じたり精神が病んできていると気付くことはあっても、良いことがあるとすぐに料理に閉じ込めて振る舞いました。
 あるとき身体の中のもやもやが破裂しそうなほどに高まり、少女は苦しみました。悩んだ末に彼女は料理に吐き出すことにしたのです。負の心はとても濃く一滴垂らしただけで味が固まってしまいそうでしたからいつも以上に手早く仕上げるようにと、少女は少々焦りながらも完成させていきました。当然のように出来上がった皿は今までに無い形をしています。楽しいとき嬉しいときのホイップクリームのような蕩ける甘さが無く、飾り気は無いけれど洗練された美しいビターチョコレイトケーキ。意外でした。
 けれどこれには鬱蒼とした精神が注入されているため、人に食べさせるわけにはいきません。とはいえ野に捨てれば鼠や猫が、海に流せば鳥や魚が口に入れないとも限りません。だから彼女は自分で食べることにしました。ほろ苦い味がとても美味しく染み渡って、心に帰ってきます。けれど不快ではありませんでした。手を加えることで多少なりとも薄まって戻ってきたからかもしれません。
 彼女はそれから自分用に料理を作ることにしました。その所為で体重も少し増え、鏡に映し出された姿が新たにもやもやを産みましたが、それすら料理にして楽しみました。そうして少女はとても表情が豊かになり、鬱であった頃の気配を微塵も感じさせないようになりました。
 美味しい料理とはそういうものです。君が感じたすべて。
posted by sakana at 01:15| Comment(1) | 作家協会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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