2009年01月05日

楽園のアンテナ

 桜の下に人が埋もれているように、梅の下には猫が沈んでいる。
 ゆめうつつ闇夜に浮かぶ満月が明るく朱色を照らせども、まだ暗く隠れる黒猫は梅の元へ歩み寄る。
 幹の周りを二三と周って寂しげに小さく吼いたのは、仔を失った嘆きからか、恋を失った渇きからか。
 尻尾は天に向けて真っ直ぐに立っている。それは星を突き刺すようにも見え、何かを受け取ろうとしているようにも見えた。
 黒猫はもう一度吼いた。


posted by sakana at 17:46| Comment(3) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

アルデンテ

 ぼくが君を蕩けさせてみせるから、信じてすべてを話して欲しい。
 きっと吐露すればとろとろに、ともすればたるたるに、爽快に氷解する重大な難題。
 けれど君は髪の毛一本の誇りで、ぼくの誘いを跳ね除ける。けれど君は薬指一本の約束で、ぼくの願いを吐き捨てる。
 たったひとつの汚点すら修正ペンで消されるのを拒む習性。たったひとつの汚点こそ蛍光ペンで飾られるのを好む傾向。
 忘れてしまえ。許されてしまえ。そんな硬質な生き方に一体何の価値がある。
 割れてしまえ。揺れてしまえ。そんな固執は死に様に一輪飾るだけで良い。
 今一秒進むのにそれがどれだけ不要で無用かと、どんなに多様にかように説いても、首が縦に振られることは一度もない。
 それでもぼくは諦めはしない。必ず君の苦悩を完全に解放する。焦らず君の不能を丹念に介抱する。
 アンダンテで近付く、アルデンテな君に。ぼくはその芯を打ち砕く使者。
posted by sakana at 09:31| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月07日

輝ける太陽の子

 町外れの小川のほとり。早朝に深く覆う霧。美しい少女が独り。俯いて寂しげに座り、長い髪がしゃらり。足元に絞め殺した小鳥。けれどここは野犬の縄張り。白の向こうに二眼がぎらり。
「どうぞお上がり」
 施しなど受けたことのない野犬が吃驚。矛先を無くした怒り。貰うだけでは帰れないのが野犬の誇り。それならばと少女は生い立ちを語り――絶えず働く姿勢は蟻、けれど扱いは変わらず塵、遠くから蔑む視線の針、逃れられない檻、置かれた状況のあまりの不利、それでも気丈な振り――改めて見れば汚い身なり。零れる野犬の涙がぽろり。
 二羽目の鳥が水辺にひらり。口の端だけ曲げて野犬はにやり。まるで投げられた槍。最短距離を駆り、理想的な狩り。御覧の通り、しなやかさが売り。振り返ればにこりともしない少女にがっかり。
 霧が去るまで少女の隣。せめてもの思いやり。けれど時が経っても空は重い曇り。少女の横顔が心残り。だから離れることは無理。うろうろと少女の傍を廻り、たまに前足で鳴らす砂利。小石が爆ぜる音に乗り、響き行く少女の「らりるらりるらりり」。
 初めて笑う少女に射す光。一転晴れ渡る周り。寂しく思う曇りの終わり。悔しく思う太陽の明り。
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2009年01月08日

水浪漫

 きみが泣いた。
 溢れ続けるきみの涙はやがて青い海になった。
 だからぼくも泣くことにした。
 ぼくの涙は川となり、ついにきみの海へと辿り着く。
 きみの涙は止まることがなく零れ続けた。ぼくも同じようにずっと泣いていた。けれどぼくはいつまでも川のままだった。どうしてもきみの涙のように、複雑な色合いの海水にはなれなかった。ぼくの涙は透き通って、きらきらとしていたけれど、それだけだった。
 きみの涙に溶けているものに気付いたとき、同時にそれがきみの涙の理由だと解った。そしてぼくはとても悲しい気持ちになって、やっと青い海になる。
 いつかこの海が赤く染まれば良いと思う。
posted by sakana at 22:19| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

 僕は楽しい。僕は可笑しい。僕は嬉しい。僕は愛しい。僕は狂おしい。僕は苦しい。僕は哀しい。僕は寂しい。僕は恋しい。僕は優しい。僕は涼しい。
 君は笑う。君は喜ぶ。君は遊ぶ。君は踊る。君は猛る。君は喚く。君は叫ぶ。君は怒る。君は泣く。君は悲しむ。君は哀れむ。
 くるくる表情、百面相。
 本当の自分を忘れてしまう。
posted by sakana at 13:14| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月11日

結び目

 世界がほどけた!
 君が終わったのだ!
posted by sakana at 23:48| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月12日

結び目

 消えそうに細い三日月が薄く光を投げかける夜の音もない片隅に、秘密めいた大きな梅が植わっている。その木の下で少年を従えた黒猫が、みゃうと鳴いた。梅は枝を一本だけくるりと曲げて、誘うようにそれに応えてみせる。
 黒猫は自分の隣にいる少年を見上げた。縦長の黒い瞳をきゅうんと細くして、行動を訴えかける。少年は頷き、爪先立って手をいっぱいに伸ばして枝の端を掴んで引き寄せると、一息に固結びにしてしまう。思いの外強く縛られた枝の結び目から、紅い蕾が口だけを出して、これでは咲けないと嘆いた。
 黒猫は少しだけ不憫に思ったのか、少年を見上げて今度は瞳を少し太くする。少年がそれに頷いて一枚の葉をポケットから取り出すと、どろん。煙と共に結び目はほどける。
 けれどそこには蕾がなく、猫の瞳が紅くなった。
posted by sakana at 00:39| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

Remember ME

 かららららら。風車が鳴る。空色の小さなそれは、ぼくの手作りだった。
 君が風に攫われてから、どれだけ時間は過ぎただろう。ほんの昨日のことにも感じるし、遠い昔のことのようにも思える。君がいなくなったのは幻だったのかもしれない。そう思うくらいに曖昧だ。もしかしたら君がいないこの世界を、ぼくは曖昧に感じているのかもしれない。
 君はぼくの造る風車が好きだったから、ここを通ればきっと止まっていくだろう。
 だからぼくは風の通り道にこいつを置いて、今日も君を待っている。かららららら。
posted by sakana at 16:21| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

LIBERTE ACIDULEE

 トマトの瑞々しい赤色の中で、いつもの君がまどろんでいた。変わらない君の声が迎える。やあ久し振りだね。そろそろ来る頃だと思ってたよ。
 ぼくは黙って君の隣に腰を下ろす。君だって声だけでぼくを見てはいないから、これで良い。ただ静かに視線の先を追って、君と同じものを見るだけだ。
 ここで君と逢うのは夕方だと決めていたから、ぼくはわざわざ遠回りして、土の下の根からやってきたのだった。茎を通って、葉の中へも寄り道してきた。そこでは光合成のすべてが展開されていて、目の前で酸素が出来上がる。いつもながら見惚れてしまったよ。
 けれどそれさえも今の景色には及びはしない。
 果肉の内側から眺める世界は、常に赤いフィルターが掛かって素敵なんだ。特に夕日はトマトと呼応して、どこまでも赤くなる。トマトが赤で満たされて、零れていくような錯覚。すべての根源たる赤の楼閣、世界の中心にぼくらはいるのだ。
 太陽が落ちたらそのまま就寝。明日こそは君よりも早く目を覚まして、ぼくは旅立つ。
 それでもここから僕が出て行くことに、やっぱり君は気付いてしまうのだろう。そうしたら振り返らないで、いつも通りに背中で声を受け取ろう。
「青臭いその香りが抜けたら、トマトの中へまたおいで」
 悲しいくらい君は、いつまでも君のままなのだから。
posted by sakana at 13:50| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

密室劇場

 双子の姉妹が閉ざされた部屋に産まれ、時間が動き出し、お互いを欲し、優しく想い、手を繋ぎ、時々くちづけをする。
 妹は姉を慕い、敬い、我が侭を言う。
 姉は妹を愛し、許し、我が侭を聞く。
 狭い空間、柔らかい壁に二人きり。
 妹は最後の我が侭を言う。「食べてしまいたい」
 姉は最後の我が侭を聞く。「残さず食べてね」
 そして涙を流す妹は独り。涙は貯まり、妹は沈み、やがて溶けてなくなる。双子が消えた涙の海もやがて空気に変わり、すべては終わり、密室は内側から開かれる。
 最後に君が良い香りという。それが一輪の薔薇の物語。
posted by sakana at 17:03| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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