2009年02月01日

ライム

 ソーダ水の中にライムをきゅっと搾り入れる。マドラでゆっくりかき回してやれば細かい泡が弾けていく。
 それでライムの使い道は終わり……かといえば、そうでもない。
 ユキヲは丁寧に種だけを取り出して、手の平に収まるくらいの小さな袋に大事そうに移していく。
 この種は天火で干して、からからに乾いたところで磨り潰される。そうして出来た白い粉がユキヲにとっては重要で、それを眠る前に一舐めすれば心地よい安眠が得られるのだ。
 ユキヲは今日もそれを一舐め、眠りについた……が、直ぐに跳ね起きることになった。
「厭な夢だった……さてはあのライム、人工栽培ものだったな? 人間臭くてどろどろしていて、とても眠れたものじゃないよ」


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2009年02月02日

ムササビ

 うっすらと雲が太陽を遮って、晴れと雨の中間色を創り出している。薄いグレーの景色の中でユキヲの頭上を一匹のムササビが行く。
「あ! <曇天ムササビ>だ」
 太陽の下を飛ぶ<晴天ムササビ>、雨の中を行く<雨天ムササビ>。それらは結構一般的で、お目に掛かる機会には恵まれている。
 けれども<曇天ムササビ>は正真正銘の曇り空で無いと現れてくれないのだ。世にも難しい<曇り空の定義>は一匹の気難しいムササビが証明しているのである。
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2009年02月03日

尾行

 ユキヲは柱の影から柱の影へと渡りながら、一人の男を追いかけている。一体どこまで行くのだろうか? 
 幾度、幾十度と柱を渡り続け、隠れることができる柱が無くなった頃、男はゆっくりと振り返る。
 ユキヲはとっさに目を瞑る。
 再び目を開いたとき男の姿は既に無く、その代わりに一枚の紙切れがあった。内容はたった一言。

 <交代>

 ユキヲはくるりと振り返り、来た道を戻る。影と男に追われながら。
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2009年02月04日

 ユキヲはその男が<エイプリル>に掛かっているとすぐに気付いた。
「だらしないなあ……不摂生な生活しているからだよ」
「全く誇らしい! この精悍な表情といったら! 何処から見ても完璧だろう?」
「……本当にね」
 <エイプリル>とはその名の通り四月一日のみ現れる症状で、発生源は桜の花粉とわれている。これに掛かると話そうと思っている反対のことを口にしてしまう。
「……そうだ! 反対に喋ってみたら?」
「?」
「話そうと思っている内容と逆のことを言うんだよ」
「解らないなあ……そうだ……でなくて、なるほど」
「良い感じだよ!」
「ついてないなあ、エイプリルに掛かるなんて……」
「そりゃあ、そうだろうね」
 嘘を吐くという症状の他に、もうひとつ厄介な症状が<エイプリル>にはある。それは口の周りに黒い湿疹が現れるというもの。それはまるで泥棒とでもいいたげな髭のような湿疹なのである。
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2009年02月05日

双生児

「加奈です」
 と右に青い瞳をした女の娘。
「沙奈です」
 と左に緑の瞳をした女の娘。
 二人の少女がユキヲの前に並んで立っている。瞳の色以外全く同じ容姿だった。背の高さ、髪の質に長さ、眉毛の角度、唇の膨らみ具合まで、一緒だった。完璧なる双生児。
「ユキヲです。初めまして」
 ぎこちなくユキヲは言う。
「双子を見るのは初めて?」
「うん。それにしても似ているよね違うのは瞳の色だけなんだね」
「加奈は母親似で」
「沙奈は父親似なの」
 お互いを紹介する二人。
「私達は山と海が結婚して産まれたのよ」
 道理で似ているわけだとユキヲは納得した。
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2009年02月06日

ランランラン

 ぱしゃりぱしゃんと水溜まりを駆け抜け、ぐにゃりぐにゃんと柔らかい地面を走り進む。
 粘性の高い卑らしい雨が身体に絡み付く、視界を塞ぐ。柔らかい地面が足を飲み込む、膂力を奪う。けれど僕は止まらない。止まれない。
 雨粒が僕を削って行く。文字通りそのままの意味で削って行く。雨が当たれば当たったところから、僕の肢体はゆっくりと確実に溶け出してしまう。少しずつ正確に崩れ去ってしまう。どんなに祈っても雨は容赦無く僕を襲い内面へと侵食するから、止まっていたらいずれ死ぬ。かといって動いてもすぐに死ぬ。けれど動くのならば雨が終わるところまで辿り着けるかもしれない。雨粒の呪縛の果てまで、身体が、意識が、心が、もしも残っているのならば。
 さらに速度を上げ強く雨を抱く。比例して僕の劣化が勢いを増す。
 抜け落ちていく毛髪。
 焼け落ちていく皮膚。
 剥げ落ちていく肉片。
 ぽろぽろと臓器が零れていき、
 軽い、と感じる。
 丸見えの肋骨から直接空気が入りこんで苦しくない。そもそももう酸素なんて必要ない。
 前しか、見えない。
 眼球は当の昔に内側から落ちていったが、僕には見える。赤く爛れたこの世界を、僕はどこまでも見渡せる。終わりの無い絶望が。終わりが無いことへの絶望を。

 カラリ、コキャ、コロリ、カキャ、

 僕が完全に白骨化して音が変わった。赤の中で白が鳴る。骨になってもなお僕は走った。けれどもう骨さえも細くなってしまう。だんだんと髄液までも流れ出してしまう。意識だけが前を向く、上を向く。
 僕は骨を捨てた。
 骨を抜け出した僕が、何も持たない僕が、やっと雨の結界から解放された。
 刹那。
 現れる階段。
 独りの人物が降りて来て、
 こちらにおいでと手を差し伸べる。
 崇高なる慈愛の微笑。
 僕は少しだけ迷って結局手を取った。
 そして気付く。
 これは死で。
 これもゴールで。
 解き放たれた僕は昇華されたんだってことを。
 君の中で僕は消化されたんだってことを。
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2009年02月09日

人形姫

「人形には命が宿るのよ」
 腰まで届く絹にも似た黒髪をしゃらんと鳴らし、彼女はこちらを見た。纏っている白い服よりも彼女の肌は透き通っている。この部屋にはドアと窓のある側面以外は棚があり、所狭しに人形が飾ってある。驚くべきことにそれらは全て彼女の創作である。
「それは新作?」
 彼女の手元にある人形を指差し、僕は言う。それはとてもシンプルなデザインで、人間を摸倣したとしか解らない。目、口、鼻、指も無い。
「そうよ」
「モデルは僕じゃないよね」
 恐る恐る僕は聞く。人形を抱いた彼女にはそういった雰囲気が漂う。
「モデルになりたい?」
「いや、今回は遠慮しておくよ」
「モデルは学校の人。隣に座っているの」
 いとおしげに人形を撫でる。その姿は幻惑的で美しい。彼女が創る人形には本当に魂が宿るのかもしれないと思わせるには十分な光景。
「その人形はどこに飾るの?」
「残念だけど家の中には飾れないわ。裏の神社に大きな杉の木があるでしょう? そこに飾るつもり」
「へぇ」
 そういうものかもしれない。彼女を不安に思わせた罰。それは仕方の無いことだ。彼女にはその権利があると思う。
 その後、瑣末な会話を交わし、僕は部屋を出た。
 家に戻り、耳を澄ませば、草木も眠る午前二時。遠くで五寸釘を叩く音を聴いた気がした。
posted by sakana at 11:51| Comment(0) | その他千文字 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

王様ゲーム(仮)

「麻雀はまるで人生のようだね」
 親の安里祐志が打牌とともに語りかけるのを無視して、月島一樹は牌を摘む。親指を滑らせ筒の数を数える……7。鉄砲だ。自らの手に組み込むことなく、そのまま河に捨てる。
「無視するなよう」
「……五月蝿い上家だ」
 目は西家の打牌を追いながら祐志の下家の一樹は言う。「何でも人生に喩えるのは幼すぎる」
「理由くらい聞いてあげればいいのに」
 北家の田村充が諭す。打牌はツモ切りで西。
「そうだよ。一樹には優しさが足りない。バファリンですら五十パーは優しさなのに。分けてもらえ」
 打二萬。チィと一樹の言葉が完成する前に「ポン」と西家の坂井武が牌を曝す。
「命の次に大切な金を賭けてるんだ。ギャンブルが人生とイコールじゃないわけがない」
 ……こいつ、俺のことを怒って無理にキィ牌を鳴きやがったな。
 一樹は浮いてしまった一萬の使い道を考えている。無理に鳴いたものだから浮き牌の整理が済んでないのだろう。武は左に二牌残して牌を曝したからだ。頭であれば良い。だがしかし二萬を鳴いて、対子の一萬を残すなんていうのは、役牌かトイトイが濃厚だ。どちらにせよ……この手は死んだか。
「解った解った。話に付き合うよ。何で人生なんだよ」
 ふぅと一息吐いて、一樹は牌の流れから意識を絶った。
「捨てられた河が過去。ツモる牌が現在。残された山が未来。自分の河を見て後悔し、他人の過去を羨ましがって、現在を簡単に捨て、未来はどんどん減ってゆく」
「安里くんは詩人だねえ」
 充は現在を手に入れた。「ぼくは今を簡単には捨てないぞっと」 右から四番目の八筒を河に捨てる。
「そして何より競争社会! 高順位なほど金が手に入る」
 混一一通は崩れていくが、一樹には萬子がさくさくと入る。
「九萬ポン!」
 食い散らかす武はテンパイが解りやすい。今回に限っては残り四枚だから、解りやすいもないけれども。
「食らえ! 最高の今を手に入れた俺様のリーチ!」
 祐志が大げさなアクションで牌を曲げる。
「お前は何でも人生に喩え過ぎ」
 放り投げた千点棒が卓に着くのとほぼ同時に、打四萬。
「この前はサッカーだったな」
 ツモ切りの七索。二種類の牌しか手にない上にドラを曝している以上、引くわけがない。
「ひとつの目的に向かってみんなで協力し合って……人は独りじゃ生きられないだっけ?」
 充は小考しつつ、現物の二萬。親のリーチにオリたようだ。
「うむ。それも人生」
「お前は何種類の人生送る気だよ」
 祐志と武の振り合いかと思われたが、小康状態のまま場は進んでいった。このままなら流局するかもしれないという雰囲気が漂う。
「ハイテイか……いてくれっ!」
 無情にも河に捨てられた、もはや過去の一萬を「ロン!」と武が救い上げる。「トイトイドラ3。ハイテイで跳ねたぜ」
 一樹も牌を倒す。
「メンホンチートイ。こっちもハイテイで跳ねたな」
「俺の周りの世間は世知辛いったらねぇ……」
 なあ祐志。人生は良くわからないが、麻雀は一位を取るゲームなんだぜ。トップを獲った一樹は祐志の墓標を刻むように点数を記載した。
posted by sakana at 11:37| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

二人だけの秘密

 いつまでも夢の中に沈んでいるのは、現実のあなたに申し訳なく思ったりもするのだけれど、目を瞑った暗闇の中にあなたがいる限り、私は決して目を覚まさない。
 あなたと暗闇の中を泳ぐと、並んでいるだけで頬が赤くなり、私は無駄だと知りながらも髪で頬を隠してみる。けれどあなたはやっぱりちゃんと顔を覗き込んでから、頬を撫でて、首筋から肩、腕、手首、指先へと長い指を滑らせる。
 向き合い、抱き合い、絡み合い、繋いだ手からあなたと私が重なる、腕からあなたが私の中に入り込む、四本の足が二本になる。侵食、融合、瞳までが溶け合い、ふたりが完全にひとつに混ざって、私はあなたが見えなくなる……あ……私の内側であなたが弾け、思わず瞼が開いてしまう。そこには現実のあなたがいて微笑んでいる。「おはよう」
 挨拶を返して身体を起こすと、シーツが汗で湿っている。私は名残惜しさから片目を瞑って半分だけ暗闇の中に潜ってみると、あなたは人差し指を唇に当てて悪戯そうな笑みを浮かべていた。現実のあなたも片目を瞑っているから、私も人差し指とキスをした。
posted by sakana at 17:49| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月13日

象を捨てる

 そうだ、モロッコへ行こう!
posted by sakana at 17:22| Comment(1) | 500文字の心臓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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