2009年03月02日

シャボン玉

 ユキヲを包む大きな球体。透明な壁は柔らかく透明だったが、光の当たり方で七色にも見えた。
 これはシャボン玉だ。
 ユキヲは気付いた。そして自分が浮いている事にも。
 下を見ればみるみる小さくなる景色。上を見れば……ここでユキヲは疑問をひとつ持った。「もしかしたら世界が小さくなっているのかもしれない」と。
 ユキヲは高く高く上がっているつもりだったのだが、一向に雲に届かないからだ。
 けれどそれは間違いだった。ユキヲが大きくなったわけでも、世界が小さくなったわけでもない。ただ世界が下がっているのだ。
 だがユキヲはそんな瑣末な謎はすぐ忘れた。もっと重要な課題にすぐ辿りついたからである。
「シャボン玉が割れたらどうしよう」
 それが問題だ。


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2009年03月03日

 ユキヲの枕は空色のカヴァーが掛けられている。美しい薄い青色に年季という魔法が所々を白くしていて、それが雲のように見え、生きている空をイメージさせる。
 ある日その枕を見たモグラは言った。
「全然空色じゃないじゃないか」
「え?」
「だって空とはもっと濃紺なものだろう?」
 夜空しか知らない彼らとユキヲの食い違いに罪があるのならば、それはきっと太陽の所為であろう。
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2009年03月05日

ランドセル

 美しき紅いランドセルを背負った少女が独り。間違いなくあのランドセルの中には今にも飛び出さんばかりの夢が詰まっていることだろう。
 ユキヲは開けてみたいという欲求についつい勝てず、少女に尋ねる。
「ランドセルの中を観せて貰って良い?」
「……観たいのですか?」
「うん。凄く」
 少女はランドセルを地面に下ろし、改めて訊いた。「本当に観たいんですね?」
「うん。後悔はしないよ」
 夢は各自違うというのは常識だ。だから他人の夢に当てられてしまうことが往々にしてある。その夢と自分の持っていた夢の違いに戸惑い、悲しむ人が多いのだ。この少女の夢はきっと今まで多くの人を悲しませてきた程に大きく美しいものなのだろう。それ程だからこそ逆にユキヲは観たいのだ。
 ランドセルは開かれた。
 途端にユキヲの周囲は闇に包まれる。
「黒? まさか!」
 夢は夢でもこれはそう悪夢だ。次から次へと怪物が現われる。少女は唇の端だけ曲げて年齢不相応の笑みを浮かべ呟いた。「好奇心は猫をも殺すって言葉。貴方も知らなかったのね?」
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2009年03月06日

ルールブック

 ユキヲは試合を眺めていた。二人の男が奇妙な構えをしながら間合いを取っている。一方は高く、もう一方は低く。そしてそれを見守るようにして審判がまるで物のように置かれている。
 さあここからが勝負の分かれ道。
 高かった構えは段々と低くなり、低かった構えは高くなる。二人の距離は変わらない。
 と、そのとき審判が急にホイッスルを吹く。
 ざわめく場内。ユキヲも例外ではない。正に今からという状況で止められたのだ。戸惑って当然といえる。
 皆の注目を一身に浴びて、審判は言った。
「この勝負は引き分けとする!」
「何だそれ!」「ふざけるな!」
 当然の野次に審判は一喝。「私がルールブックだ」
 静まる場内。何故か嬉しそうに照れる審判。そして審判が交代され、また二人の男は高低のある構えをして繰り返す。
 これは審判決定戦。そう二人の男こそおまけに過ぎなかったのだ。
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2009年03月09日

 ユキヲは空飛ぶ靴を履いてみようと決心した。この靴には制限体重があって重すぎるのは勿論、軽すぎても駄目なので、ユキヲは今まで我慢していたのだが「重りを背負えば良い」ということに遂に気付いたのだ。
 放っておくと浮いてしまう靴を掴み、恐る恐るユキヲは履いてみる。
 片足を履いたらすぐにもう片方を靴に収めなくては浮いてしまう。だからユキヲは手早く装着した。
 そしてユキヲは浮いた……逆さまに。靴はユキヲを置いて空を目指していた。
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2009年03月11日

 机の抽斗は秘密の小部屋。開けるという動作が無いと中身を見ることが出来ないからだ。ユキヲはここにそっと思い出をひとつ仕舞い込んだ。その所為で抽斗の奥から記憶の欠片がひとつ零れる。記録という作業はそういう性質を予め内包しているものである。
 今回ユキヲが残したものは<美味しいハンバーグのレシピ>であった。消えていったのが<何にでも良く合う仔天使ソースの作り方>であったことが不条理を示しているのであり、机上の空論風ハンバーグの完成した瞬間でもある。いつだって世界は均衡を求めているのだ。
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2009年03月13日

絵の具

「ちょっと聞いてくれよ。うちの師匠がさ」
 昼下がりの喫茶店。ユキヲに向かって声と一緒に自分まで飛んできそうな言葉が掛けられた。
「どうしたの?」
「何だか今度は空気に絵が描ける魔法の絵の具を作ったって言うんだ」
「見たの?」
「絵はね……絵の具は使いきったんだそうだ」
「へえ、凄いね。見てみたいなあ」
「凄いとは思うんだけれど、描いたのは虹なんだ」
「……それって本当に描いたのかな」
 そこで彼は大きく溜息をひとつ。
「そう。そこなんだよ。師匠も大魔法使いなものだから変に浮世離れしててさ」
 声色を変えて続ける。「これでいつでも虹が見れるぞ……だってさ」
「ああ、あの人らしいかも」
「でも絵の具は一回で使いきっちゃうし、描く絵は虹だぜ? 一体誰が信じるんだよ」
 ドアベルがちりりんと鳴る。彼はまた新たな客に最初から話し出す。
 ユキヲはその姿を見て小さく笑った。
「信じるよ。だって君が宣伝しているんだもの」
 彼の背中には小さな虹の欠片がそっと浮かんでいたのだった。
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2009年03月16日

グルメ

 小山=ビッグマウス=祐三氏は名が体を現すという典型であった。正に小さな山といって良い体型。ミドルネームにも一切の嘘はない大食漢で、しかもグルメと来たから厄介なものだった。
 ユキヲが店番をしていると、やってきた小山は開口一番「美味いものを端から持って来い」
 ユキヲはその通りにすることにした。お客の言うことに逆らう店員などそうそう居るものではないのだから。
 ただ美味くないものを自分の店に置いているという店員は居ないという当たり前の事実と一番端にあったメニューはライスであったことが、小山氏のたった一つの失敗だった。
 山ほどのライスだけを次から次とユキヲは運び、せっせと口に放りこむ小山氏。グルメで大食漢な小山氏は美味いという条件が付けば出されたものを残すことは決してしない。それが美食家の誇りだと思っていたからだ。
 そして小山氏は窓の外に浮かぶ雲におかずを重ねながら、黙々と口を動かすのだった。
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2009年03月17日

メープルシロップ

 幸せな甘さメープルシロップ。金色に薄く輝きながらゆっくりとスプーンの先から零れていく。見ている方が蕩けてしまいそうだとユキヲは思った。
 この世で一番メープルシロップを美しく、愛しく感じる瞬間はきっとホットケーキの上でのバターとの情事の最中であろう。これに文句を付ける人は居ないと言い切る。ほんのりと白味掛かった金色と艶やかな金色、同じ金色であるにも関わらず、両者は遠く、そして近い。地球と太陽の関係、宇宙の真理が其処に見て取れるのだ。
 口の中に入れてしまうのが勿体無い。けれど必ず食べられてしまう。そう芸術を愛する心なんてものは、いつだって最後には食欲に負けるのである。それが普遍の心理なのであろう。
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2009年03月18日

プラネタリウム

 少年は大きな暗幕を何処からか拾ってきて、千枚通しでぷすりぷすりと穴を空けていた。その姿を見て思わずユキヲは声を掛けた。
「ねえ。何を作っているの?」
「……もうちょっと待ってて」
 そう言われては待つしかない。待てば教えてくれるというのだから、無理に訊く必要なぞユキヲには思い付かなかった。
 そして数刻の後、それは完成したが、どうやって見ても<穴の空いた暗幕>にしか見えない作品だった。暗幕を抱えて少年はユキヲに注文する。
「そっちの端をあそこの枝に括りつけてよ」
 ユキヲは頷いて、枝に暗幕の端を結んだ。もう片方を少年は違う枝に縛り付けていた。作業の途中でも少年の声は飛ぶ。「ぴいんと張ってよ!」
 少年の満足いくくらいに張られた暗幕は二本の木の間にカーテンのように垂れ下がった。
「こっちから見てごらんよ」
 少年の言葉にユキヲは反対側に回り、暗幕を見た。
 其処には夜空があった。
 太陽と自分の間に暗幕がある。暗幕はほとんどの光を遮っていたが、小さな穴からしか少しづつ漏れていた。そしてその僅かな輝きは星座の位置を正確に示しているのだ。
「これは凄い」
「でしょう?」
「でも……光の無い夜だったらどうするの?」
 素朴なユキヲの問いに少年は笑った。
「簡単だよ。そんなときは本物の空を見れば良いのさ」
posted by sakana at 14:03| Comment(0) | ミルク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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