2009年04月01日

超短編本格ホラー『死文字』









END?











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2009年04月02日

超短編本格ファンタジィ『緋文字』







「ファイア・ボール!」






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2009年04月03日

あひる

 人の死に立ち会う時、わたしはその場で泣けるだろうか。わたしは泣けないかもしれない。それが親しい友人だったらどうだろう? それでもわたしは泣けないかもしれない。きっとその後の現実に思考を走らせることだろう。ふとした時に振り返り涙を零すことは有っても、ダイレクトに感情が弾けることは無いと思う。淡々としている姿が我ながら容易に浮かぶ。
 わたしはそんなことを考えていた。普段あひるなんていう渾名で呼ばれるわたしには似合わないベクトルの思考かもしれない。静粛な通夜の持つ雰囲気が、そんな少しセンチメンタルな考えをさせたのだろうか。
 こんなにも豊かな色彩に溢れた世界に囲まれていながら、白と黒とのモノクロームの中で、死人は送られて行く。暖色系の色合いが不謹慎だなんて思想は時代遅れでしかない、とは思うものの目立つ訳にもいかない。わたしは普段はあまり好きではない黒の装いに身を包み、静々と参列者の端に加わることにしていた。
「……あひるさん」
 後ろからの声に首だけ捻って姿を確認する。「あ。広海」
「お久し振りです」
「最近顔出さないからね」
「あひるさんが?」
「あなたが」
 わたしはここでわざとらしく溜息を吐いて、首を大袈裟に振りながら続ける。「まったくこの調子じゃあ、次に逢うのも誰かの葬式かもしれないわね」
「ちょっと不謹慎ですよ」
 広海が苦笑しながら嗜めるけれど、そんなことを気にするわたしではない。そしてそれは広海も知っている。だからわたしは少しだけ微笑んで言う。
「何を今更。もともと不謹慎な顔しているんだから良いのよ」
 そう。わたしはこういった硬い席ではいつも不謹慎だと言われる。
 全ては渾名の由来に有る……あひる口は残念なことに葬式には不似合いらしい。
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2009年04月06日

花火

 祭囃子が聴こえる。夕刻に少しばかり抑えられた蝉時雨を潜り抜けて、薄く届いた音は、近くの神社で行われている夏祭。提灯に照らされた石段をひとつひとつ上がって、赤い鳥居を潜れば、そこに……
 目を覚ますように、わたしはそこで想像を止まらせようとした。車椅子が必要な自分には考えるだけで、あまりに寂しいお話だったから。
 それでも、足が動いた頃に一度だけ行ったことがある夏祭のことを、わたしは未だに忘れることができない。朝顔の浴衣を澄まして着た、赤い金魚を二匹掬った、ふわりふわりの綿飴をねだった、遠い遠い夏。お面越しに観た夜空に咲く花火が、向日葵のように大きく夏を主張した。
「……な……奈々ってば」
 庭の方から達矢の呼ぶ声がして、やっと物思いから帰る。顔だけで振り返ると網戸の向こう側で、手に提げたビニール袋を指差す声の主が笑っていた。
「花火、貰ってきたんだ」
 言いながら靴を脱いで庭から上がってくると、椅子に座っているわたしの背中と膝の裏に、上手に両腕を差し込んで、軽々と持ち上げた。そのまま縁側に腰を掛けさせてもらう。外はいつのまにか暗く、百日紅の花が夜を吸いこんで、淡い赤を紫にしていた。
「線香花火?」
「鼠花火じゃ奈々は避けられないだろ?」
「そうねえ」
 ちろりちろりと達矢のライタの炎が揺れる。わたしは猫のように丸く腰を曲げてその火を借りた。熱が静かに伝わって、次々と飛び出してくる細い光の線。ぱちぱちぱちぱちと小人たちが拍手するような音。薄く漂う煙。火薬の匂い。滲む明かり。
「綺麗ね」
「ああ」
「そこは「奈々の方がもっと綺麗だよ」って言わないと」
「馬ぁー鹿っ」
 わたしは思い出す。あの七月の終わりに夜空を彩った花火を観たときに、隣にいた少年のことを。まだ同じくらいの身長で、からんころんの下駄を履いたわたしを、ずるいと言った少年。射的の景品に巧く弾が当たらなくて、涙ぐんだ負けず嫌いな少年。いつわたしを追い越していったのか。いつかわたしを置いていく、そんな日が来るのだろうか。
 しゅん、と小さな音を立てて落ちた火種。一緒に、わたしは言葉をひとつ零した。「……きよ」
「え?」
 聞き取れないように言ったのよ。新しい花火に火を付けて、わたしは夏をそっと咲かせた。
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2009年04月07日

冬の女王

 白い紗の衣を纏う女性が独り椅子に座る。暖かかった椅子はゆっくりと彼女に体温を奪われていく。
 椅子には椅子の住人がいる。彼らは最初は肌寒く感じて厚着をし、お洒落に目覚める。時に抱き合い、お互いの熱を確かめ合う。
 やがて椅子の心地良さに彼女は眠る。暖かな椅子の温度は彼女にとって子守り歌の魅力。うたた寝は続く。
 椅子の温度はどんどん下がっていく。住人はお洒落よりも暖かさを求め叫び、倒れる。木々は枯れ、山は白くなり、海は凍る。
 その椅子の上で彼女が目覚める。冷えきってしまった椅子に興味は失せ、次の椅子へと進む。

 この椅子にもようやく春が訪れる。
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2009年04月10日

AC

 コンクリートの打ちっぱなしで設計されたカフェが、森林公園を抜けた先にある。駐車場や駅とは逆の方角で道は細い上にでこぼこしているから、歩いてしかいけないけれど、森が切れたら左手にそれはある。
 ただでさえ小さな建物の小さな入り口は常に閉じているので、営業中かどうかは外から眺めただけでは解らない。それに看板がないから、ここがカフェであることを知っている人自体がとても少ない。入口の隣にポストがあって、そこに【アリスカフェ】とささやかに書かれていることに気付くか、それ以上にささやかに漂う珈琲の香りを感じ取ることができなければこのカフェは見付からない。
 青年はドアノブを捻る。キッと短く金属音を一度だけ立てて……回った。どうやら今日は開店中らしい。猫背になるだけでは足りず、さらに膝を折って赤い扉を潜り抜けると、珈琲メイカを乗せたテーブルが置かれたスペースに出る。椅子は二脚。六帖ほどしかない狭い店内には、それだけしかない。そして二脚のうち片方には一人の少女が座っているのだ。青年は少女に向かい合うように椅子に座る。これでアリスカフェは満席になってしまう。青年が席に着くと少女はゆっくり立ち上がって、ドアに鍵を掛ける。何処か機械的で人形的な動きだ。フリルが多目の黒いワンピースに、染みひとつない白い前掛け、長い艶やかな黒髪を飾る白いカチューシャ。歩いた分だけふわりと震えるそれらは中身より生きている感じがするから不思議だ。
 少女が再び青年の前に座ると珈琲メイカのスイッチを入れる。こぽこぽこぽ。珈琲が出来上がるまで、物言わず少女は青年の瞳を覗き見る。少女の瞳の中で息が続かずに溺れるまでの五分間。やがて一杯分の珈琲がカップに落ちる。
 青年がソーサごと左手で持つと、立ち昇る湯気が一本の糸になって、少女を捕まえる。抵抗しないことを良いことに糸は重なり合って、少女を離さない。そうして青年は少女ごと珈琲を楽しむのだ。
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2009年04月14日

アイアイ

 母さん、僕を汚さないで。
 決して声にならない、喉の辺りで止まってしまう言葉がある。
 僕は裸のままでベッドの端に右手を繋がれていた。今日の母は僕の顔に赤い布を巻いただけで、それっきり何もしてこなかった。情けない僕の姿を肴に、酒を飲んでいるのだろう。アルコ―ルの香りが薄く漂っていた。
 目隠しをされても、この部屋がおかしな空気に濁っているのが解る。多分その中でも一番濁っているのは、母の瞳だ。もしかしたら僕の瞳も同じになってしまったかもしれない。
 もう厭なんだ。
 想像の中でアイスピックを母に突き立てる。何度も。何度も。
「いっそ殺してしまえ! 殺さなければお前は一生そのままだ!」

 僕の中の誰かが言う。
「母殺しなんて絶対に駄目だ!」
 僕の中の誰かが止める。
 母親を殺したい。
 母親は殺せない。
 僕は壊れそうだ。
 だから母さん、もう僕を汚さないで。


 僕には父親がいない。母は結婚しないまま僕を産んだのだった。その所為かどうかはしらないが、母は僕を玩具のように扱った。僕の人格はまったく無視で、無闇に無茶で無理な命令をしつづけた。けれど抗うことが僕には出来ない。そういう風に躾られてしまったから、母の言うことには、すべて「はい」しか僕には許されない。
 母は美しい人だった。それは 容姿に限ったことだけでなく、無駄がなくていつだって行動がシャ―プで、そんな様子はアイスピックのようなと表現できるかもしれない。
 そして僕に命令するときは、それに怖さが加わるのだった。命令は短く、ただただ深い瞳で重圧を与え、僕が返事をするまでじっとこちらを覗きこむ。その間に瞳は段々と濁っていくようで、それが僕には耐え切れず、いつも「はい」と言わされてしまう。
 僕は学校か ら帰ると、すぐに階段を上がって、二階に与えられた自分の部屋に入る。鞄をベッドに放り投げ、ブレザ―も脱がずに、ポケットの中から一本のアイスピックを取り出す。アイスピックは輝いている。一点の曇りもなく、出番を待っているサッカ―の交代要員のように、いつだって戦える状態にあった。僕はそこから更にヤスリで丁寧に磨いていく。目を瞑って深呼吸しながらそうすると心が落ち着いた。しゅん……しゅん……という一定の音が、これからの行為のことを忘れさせるのだこのアイスピックを手に入れるまでは本当に心が波立たないことはなかったといって良い。鋭利さが安心につながるから、僕は切っ先をいつも尖らせていなければならない。研き抜かれた銀色はとても静かだと思う。非道く冷たく美しく誠実で潔癖だ。僕もこんなふうに簡単に綺麗になれたら良かった。
 それから僕は服を脱ぎ、母の寝室へ向かう。


 だから僕の逃げ場所は学校だけだった。学校では窓際に座る暗い性根の少年というロ―ルで、理性は僕をコントロ―ルしていた。別に何も楽しくないし、楽しもうとも思わなかった。
 それでも母の濁った目を見なくて済む立派な口実があるだけで、僕は嬉しかった。
「おはよう!」
 前の席の奴が 、前の席だというだけで明るく僕に挨拶をする。学校という場所はみんな揃って無垢で、厭でも自分が汚れているってことを、相対的に自覚させられるから好きじゃない。一匹だけ外側が違う醜いアヒルの子と、一匹だけ内側が違う醜いアヒルの子では一体どっちが幸せだろうか。そんなことは決まっている。後者は白鳥にはなれやしないのだ。
「……おはよ」
「いつもに増して辛気臭いな 」
「放っておいてくれ」
「いつも以上に辛気臭い」
「だから放っておいてくれ 」
「はいはいはいな、と。そうだ」
 そう言うと鞄の中から、彼は一 通の手紙を取り出した。
「これ。昨日渡すように頼まれたんだった」
 受け取るとそれは淡い若竹色の封筒だった 。和紙のような肌触りで、宛先に綺麗な文字で僕の名前が書かれている。
「誰から?」
「学級委員の 眼鏡っ娘 」
「ああ」
「ラブレ タ―って珍しいよな。初めて見たよ
 僕が無言でいると、彼は続けた。
「まったく、こんな人を殺しそうな暗い奴の何処が良いんだか」
 ありが とう。僕もそう思う
 放課後に開いた手紙の中身は拝啓で始まる硬い文章で、ラブレタ―というよりは恋文という表現が合っているような気がした。敬具まで文字を追うと、今日は珍しく母が遅くなると言っていたことを僕は思い出す。
 差出人の眼鏡っ娘は僕が読み終えるのを待っているようで、帰ってはいなかった。教室に二人きりの状況に、さてどうしたものかと、敬具に目を留めたままで少し考えてから、手紙をゆっくりと封筒に戻して、僕から彼女
に近付いた。
「手紙ありがとう
「はい! あ、あの……読んでくれました?」
 俯いていた顔を急に上げたかと思うと、また 俯いて、今度は上目遣いにこちらを見ようとするから、僕は目線を逸らした。彼女は眼鏡の良く似合うさらさらと髪の長い娘だった。細い銀のフレ―ムの眼鏡は多少の知的さを誘ったけれど、それも大人しそうな彼女の印象を一層強くしているだけのものでしかないように見えた。
「うん。もし良かったら今日これからうちに来ない? 親が帰るの遅いんだ」
「はい! 是非!」
 付き合ってもない まま、男の家にのこのこ付いて行くという即答。この娘はもしかしたら馬鹿なんじゃないかと思ったけれど、その感想は根本的に決定的に間違っていると三十分後に解るのだった。


 彼女は見掛けによらず、好戦的で積極的な娘だった。外を歩いているときは恥ずかしそうにして、俯きがちに僕の斜め後ろを歩いていたのにも関わらず、部屋に入るなり態度が一変した。
 眼鏡を外すと、僕をベッドに押し倒してキスをする。そこに言葉は一枚だって入る隙間はなかった。
 僕は目を瞑る。
 柔らかく口唇が触れて、
 ぬるりと舌が絡む。
 荒い息遣い。
 舌先を軽く噛まれる。
 歯並びを確かめられる。
 十秒。
 十一秒。
 十二秒。
 十三秒。
 口唇が離れる。
 同時に閉じた目を開く。
 そこに。
 現れないはずの母がいた。
 突然の出来事に理性は僕を止められない。
「母さん!」
 ポケットの 中で、アイスピックはいつだってスタンバイが完了していた。
 右手でグリップを握る。
 最少の動作で。
 理想的な美しさで。
 僕は母を貫いた。
 つぷりと眼球を破る感触が気持ち良い。
 アイスピックは吸い込まれていく。
 僕は母の顔に想いの深さだだけ銀色を沈み込めた。
「いや――――――」
 彼女が絶叫する。
 それは当たり前だと、冷静に判断できた。
 引抜けば、未練のように赤が伸びる。
 右手が失った左目を押さえ、左手が僕を掴もうとする。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
 残った右目が僕を射抜く。
 その視線を真正面に受けて、
「あはははははははははははは!」
 笑い。
 僕は果てた。


 目が覚める。
 床に血溜りが出来ていた。源泉は顔を横に向けて前のめりに倒れている人物の眼の辺りのようだった。
 僕は思い出す。
 クラスメイトとのキス。唇を離した。目を開いた。彼女の瞳の中の母。僕は眼球ごと母をアイスピックで突き刺した。クラスメイトの絶叫。
 ……ああ。
「眼鏡を取ったのが失敗だったよ」
 嘆息交じりに呟いた。「眼鏡越し に見ている分には、
殺しはしなかっただろうに」
 瞳に映った自分の幻影、母 親を嫌うことが罪であるのか、面影を色濃く残した顔。右手に握ったままのアイスピックは赤を纏って、そんな僕を映さないでいた。それはとても賢明だ。
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2009年04月16日

フレアスカート・トラップ

 理由なんてない。単に前を行く彼女のスカートを思いきりめくってやりたかったのだ。何故? そんなことは知らない。ただただ無性に立証したくなったのだ。
 腰まで届く黒い髪に長袖の黒いシャツ、そして引きずるように長い黒いフレアスカート。指先だけが黒くない。赤いマニキュアが黒の中に浮かんでいる。
 彼女のことはよく知らない。というよりも以前に逢ったことすらないかもしれない。さらり流れる髪の艶、腰の高さ、ふわり揺れるスカートの長さ、歩幅と速度、それらすべてが一致した後ろ姿で、今の僕の気を惹いているだけにすぎない。そうだ。僕は誘われているのだ。
 彼女はT字路を左へ曲がった。僕の行き先は右。分かれ道で僕は彼女を追い掛ける決意をする。途端、それまで溢れかえっていた金木犀の香りが消えていく。指先に当たっていた風の感触が消えていく。アスファルトを歩く音が消えていく。周りの景色が滲み消えていく。僕にはもう彼女しか見えなくなっていた。
 僕は早歩きになって追いつくと、靴紐を結ぶように屈みこんで、彼女のスカートの裾を掴む。そこで彼女は歩みを止める。僕の右手は彼女が振り返るよりも早く勝手に動いて、思い切りスカートをめくり上げた。
 けれどそこには彼女の足はない。やっぱりと思った。僕は知っていたのだ。長いフレアスカートは決して足などを隠していたわけではないのだということを。
 それからスカートはまるでマジシャンのハンカチのように大きくなって僕を包みこむ。一切が闇。けれど不思議に心地良かった。そして急に引かれる柔らかい布地。僕はまるで出番が来た鳩のように差し込む光に驚いて飛び出すと、眩しさに視覚嗅覚聴覚触覚味覚のすべてが一度狂い、だんだんと正常に戻り、まざまざと異常を突きつけられた。
 鋭い光の元は太陽だった。遮るように手をかざして顔を背ける。目が慣れると若草の絨毯が映った。視線を上げれば満開の桜。豪勢に散る花弁。その向こうには青い空。

 スカートに隠れていたのは春だった。

 落ち着いて耳を澄ませば、川のせせらぐ音が届いた。僕はそちらへ向かうことにする。小川はすぐに見付かって、土筆が並んだ土手の下でさらさらとした姿を僕に見せた。浅くとても透き通って、近付かなくとも底が見通せる。流れは穏やかで、たくさんの桜の花弁をゆっくりと運んでいた。
 川縁には独りの少女が座り込んで、花弁の下で遊んでいる小魚に視線を落としている。
「君は? どこから来たの? 他に誰かいるの? ここは何処なの?」
 少女は顔だけをこちらに向ける。大きな瞳で僕を一瞥すると立ち上がって、スカートに張り付いた桜の花弁をたんたんと払った。僕はその様子を黙って眺め、返答を待っていたのだけれど、少女は先程の僕の問いには答える気はまったくないようで、その代わりに手を伸ばしてきた。僕は少女の手を取ると、その手の冷たさに少し驚きながらも、引かれるままに小川に沿って上流へ向かうことにした。
 川沿いの道は何処まで行っても代わり映えなく、土手の桜が雄大に咲くだけだった。斜め前を歩く少女はこちらを見ようともしない。ただ前だけを見ている。
 同じ景色にも飽きた頃、突然に強い風が吹き、視界のすべてが薄紅になる。その奥に急に彼女は現れた。あのスカートを引きずりながら、僕の前をゆっくりと進んでいる。少女は手を離した。僕は少女のことが気になったが、彼女の後ろ姿を追い掛けることを選んだ。後ろを振り返ることなく走り、スカートの裾を掴む。彼女は止まる。僕はめくり、次の世界へ旅立つ。さよなら。最後に聞こえたのは、少女の声なのか、彼女の声なのか、解らない。

 そして夏が僕を迎えた。

 潮騒がすぐ近くで聴こえる。真っ暗な夜の浜辺に僕はいた。海は堕ちてしまいそうなほどに黒く、夜よりもまだ濃い。潮の香りが漂って、少しだけ汗ばんだ。遠くに焚き火の炎が小さく揺れる。きっとそこに彼女がいると僕は確信した。歩き出せば、足元で砂が鳴る。
 浜辺の道は歩き難かった。靴に砂が入るし、足取りが重い。何より焚き火との距離が減ったような気がしないので、疲れが溜まる一方だった。気が滅入ってしまい、流木に腰をかけて少し休もうかと思うと、そこには先客がいた。春の少女だった。
 少女はこちらを見る。それから立ち上がってスカートに付いた砂を払うと手を伸ばしてきた。僕は流木に座るのを諦めて、少女に手を引かれ進むことにした。少女の手は相変わらず冷たい。
 少女と歩き出すと不思議と焚き火が少しずつ大きく見えるようになった。近づけば近づくほどに、破れたビーチパラソル、西瓜の皮、花火の残骸やらが目に付いてくる。夏が段々と死んでいくように感じた。少女はというと、やはりこちらを見ようともせず、凛と前を向いている。
 やがて焚き火の大きさがはっきりと見える距離になった。櫓のように木材が組まれ、天辺が燃えている。その麓にやはり彼女はいた。ちょうど焚き火から離れるように歩いていくところだった。
 彼女の姿を捕らえた途端に雨が降り出す。ぱららららと上着に当たって軽い音を立てたかと思うと、彼女の姿を消すように一気に豪雨へと変わった。目を開けているのが辛い。焚き火が消えた。
 少女が手を離し、僕は彼女がいた方向へ走り出す。雨が顔を打つ。雨粒が目に入り、一度目を閉じる。再び開くと急に彼女の背中が映った。跪いて彼女のスカートを掴む。雨の隙間を縫って声が聞こえる。また逢えたら良いね。どちらの言葉なのだろうか。

 秋の風が吹いた。

 夕日に包まれながら、一本の線路の上に僕はいた。目の前では走るのに疲れてしまった汽車が苔むすのに任せている。その向こうでオレンジ色の太陽が大きく滲んだ。左に赤い紅葉が乱れ、右に黄色い銀杏が騒ぐ。振り返ると線路の果てには赤と黄色の間で大きな建物が橙に染まっていた。あそこが終着なのだろうか。夕日を背に近づいても、壁にしか見えなかった。目の前に来ても、ただの壁だった。手で触れれば、ひんやりとした冷たい石の感触が伝わってくる。
 線路はここで終わっていた。本来なら白いであろう石壁を右回りに歩くと門があり、さらにそこを潜ると五メートルほどの幅がある階段が現れた。直方体の大きな石から削りだしたようなイメージで、階段の両側は高い壁で覆われている。その所為で階段は非道く暗く、先はよく見えない。上を向くと、高い壁の先端だけが夕日に濡れていた。僕はその階段を昇る。
 暗さに目が慣れた辺りで、段差がない踊り場に到達した。やはりというか、そこには少女が座っている。
 少女は五本の小枝で星を描いているようだった。僕を見付けると立ち上がってスカートを叩き、落ち葉を払った。そして手を伸ばしてくる。
 冷たいと思っていた少女の手は、夏に逢ったときより少しだけ暖かかった。僕らは階段を昇る。独りで歩いていたときには感じなかったが、この階段は一段一段が少し高いので、少女には大変そうだった。一度屈み込んで背中を差し出したが、少女は乗ろうとしなかったので、仕方なく僕は前に出て、左手で少女を引っ張るようにして歩くことにした。跳ねるように昇る少女は相変わらずこちらを見ない。
 階段は急になだらかになった。一段一段の間隔が長いし低い。頂上に近づいた所為で、暗かった階段が明るくなった。階段は左に折れる。曲がると、階段の終わりと共に彼女が見えた。階段の先には大きな夕日が広がっている。まるで彼女はそこへ飛び出そうとしているかようだった。少女が手を離す。勢いよく僕は駆け出した。最後の一段のところで彼女のスカートに手が届く。……。よく聞こえない。

 予想通りの冬だった。

 しんと振り積もっている雪が、朝日を照り返す。独特のつんと鼻の奥を突く冷えた空気。雪はきらきらと光りながら、降り続けている。ひたすらに寒い。息が白い。
 右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても一面の白で、どちらへ行って良いか見当も付かない。どちらにせよこのままでは凍えてしまうから、進まないわけにはいかない。だから正面に向かって歩き出したのだけれど、何処を踏んでも処女雪で、たまに振り返ればすぐに足跡を雪が消していく。何を目指しているのか、どれくらい進んでいるのか、何を考えていたのか、解らない。
 途方に暮れて、足を止めた。
 膝に手を置き大きく真っ白い溜息を吐くと、いつの間にか少女が隣で座っていた。僕が気付くとそれが合図のように、少女は立ち上がってスカートの雪を払う。そして手を伸ばす。
 僕はその手を取ろうとして、失敗した。あまりの寒さに凍え、少女の横を前のめりに倒れてしまう。僕の身体は雪に沈み、さらに雪は降り積もっていく。立ち上がることができない。少女は仕方ないと言わんばかりに再び座りこんだ。
 その脇をあのスカートが横切る。少女は立ち上がり、手を伸ばす。その手を彼女が掴む。そして遠のこうとする。僕はかじかんだ右手を必死に伸ばす。届け、届け、と。
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2009年04月20日

キリギリス

 麗しき哉、キリギリス。夏を唄い、蟻を嘲う。雑草とはいえ葉のベッドの具合は最高。
「あの蟻を見て、君は働かなくても良いの?」
 というユキヲの問いにキリギリスはサングラスを少しずらして答えた。
「ナンセンスだよ」
「働くということが? 厳しい冬はすぐに来るのに?」
 キリギリスは右の前足を大袈裟に振った。
「キリギリスが働いたら、それはもうキリギリスじゃあないんだよ」
 他の生物には通用しないその誇りこそがキリギリスの存在証明といえる。
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2009年04月21日

スミレ

 朝待菫という種がある。日が昇って落ちるまで光合成を盛んにし、暮れた後に美しい花弁を開くという特徴を持つ菫である。そして新しい朝が光を提供すると花は萎み、緑の葉が勢い良く仕事を始めるのだ。
 だから朝待菫。
 夜のみ存在し、月の光の下でしか観察できない闇の花。
 菫はさらりと震え、ユキヲに存在を伝える。「わたしを見て」
 しかし紫の花弁は例え月の光を受けたとしても、深い夜がその身をすっかり隠してしまう。美しいものを独占したいという心は誰だって少しは持っていることだろう。それは夜だって例外ではないのだ。
posted by sakana at 12:46| Comment(0) | ミルク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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