2009年06月01日

紅茶

 立ち昇った優しい紅茶の香りが鼻をくすぐったから小さなくしゃみがひとつ出た。白い陶器の上品な器に注がれた紅茶はユキヲの前で「早く飲んで」
 添えられた砂糖にミルクと蜂蜜、輪切りにされた檸檬を彼女の中に入れてしまって良いものかと少し悩む。紅茶はストレートティでなく厭くまで紅茶であり、砂糖を入れたら砂糖入り紅茶、ミルクを入れたのならばミルクティになり、蜂蜜、檸檬も同様だ。
 だからユキヲは何も加えないで、カップに口を付けた。喉が一度鳴り、唇が離れると砂糖と蜂蜜、ミルクを入れる。大人のように紅茶の渋みを深みと理解して我慢するより、子供で良いから美味しく飲む方をユキヲは選んだ。砂糖を入れる寸前に紅茶は微笑んだ。「大きくなったらまたおいで」


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2009年06月04日

チャイナドレス

 際どいスリットが妖艶で皆の気を惹く。それがチャイナドレスの引力。真っ黒の下地に赤の刺繍はとても良く映えて。長い足は惜し気もなくライトの光に晒されている。
「そういう格好も似合うんだね」
 もどかしそうにグラスを持ちながらユキヲは笑顔で誉めた。
「あんまり嬉しくないけれどね」
 長い髪を掻き揚げるその姿がまた様になっていた。
「何だか凄く目立ってるね?」
 きょろきょろと周りを見渡すユキヲの問いに彼は苦笑しながら答える。
「……君の兎には負けるよ。ちょっと反則だけれど」
 逆装パーティは今回も好評。特に主催者が大喜びなのだった。
posted by sakana at 15:08| Comment(0) | ミルク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

西瓜割り

 目隠しをして前が見えず、周りを囲む子供たちの叩く手の音から目的物を探す。耳を澄まして、手の鳴る方へ。頭の上ではまるでアンテナのように頼りなく木刀がゆらゆら揺れている。木刀の恋人は西瓜に違いないとユキヲはかねてから思っていた。そうすれば振り下ろした切っ先が例え外れても、恋人を殺せなかったというストイックな言い訳が通用するし、命中すれば恋人同士が惹かれ合った結果だったと満足できるからだ。
 手を叩く音が止む。目の前できっと西瓜が殺されるのを静かに待っている。ユキヲは大きく息を吸って、一気に吐いた。同時に木刀で真っ直ぐ地面を叩く。すると、ざんっと乾いた砂を切る音が響く。恋人を殺せなかった木刀にそっと慰めの言葉を掛けてから、ユキヲは目隠しを外した。西瓜は立っている場所からかなり離れたところにぽつんと存在していて、子供たちに騙されたのに気付くのに時間は掛からない。そしてもうひとつ気付いたことがあった。
 いつだって思い詰めた恋人たちは他人の言葉に惑わされるんだってことに。
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2009年06月17日

 一匹の竜が雄大に空を駆け上がる。長い長い尾を完璧な構図で靡かせながら、空を跳ねる。竜が空を行くと決まって霧雨が降った。空は竜を嫌い雨を見舞うと語られるくらいに、例外ない雨粒が今日も落ちた。
 薄い雨の向こうに竜の姿を見つけて、ユキヲは遥か下方から竜を呼んだ。その声に反応してか突然にユキヲの辺りは集中豪雨。
 それは雨雲が竜を嫌っているのではなく、むしろ逆であることを示しているのだった。雨は帰らせないための煙幕。傍に閉じ込めるための呪縛。空に愛されている竜がなかなか姿を見せないのはそのためなのだ。
posted by sakana at 12:59| Comment(0) | ミルク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

羽化

 蛹から脱皮したばかりだというのに虹色蝶々のサユリは少し憂鬱そうだった。羽根はまだ白っぽく濡れている。ユキヲはちょっと気になって立ち止まると、それを合図のようにまたため息がひとつこぼれた。
「ねえユキヲ。私は終わるわ」
 言っている意味がわからなくて、ユキヲは首を傾げるだけだった。
 物憂げな顔でサユリは続ける。「卵から孵ったとき私は幸せだった。葉を食べながらいつか生える背中の羽根のことを夢想して一度死んだわ。そして羽根を得てまた生まれた。でもね。今はもう次の自分を想像できないの。私は終わるわ」
 羽根が乾いた。
「じゃあ行くね」
 ユキヲは思う。葉に張り付いた卵、幹を登る芋虫、空を舞う蝶。段々と空を目指したその後は本当に死ぬだけなのだろうか。
 桃色蜘蛛が笑った。
posted by sakana at 16:25| Comment(0) | ミルク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

 とろとろに崩れたお米たちが上げる湯気の多さに、ユキヲは目を瞑ってしまう。それを見たお米たちは、素早く形を変えていく。
 春の桜になって頬を染め、夏の花火になって発光し、秋の落葉になって燃え尽き、冬の雪になって白く戻る。
 すべては再び目が開くまでの幻想だけれど、何故か冷たいお粥の食感にユキヲは首を捻っている。
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2009年06月25日

夕立

 突然降り出した雨の所為で、慌ててユキヲは軒先に退避した。夕立はいつも突然やってきては、唐突に去っていく。それは軒先とユキヲの関係にも言える。
 軒先はユキヲに問う。雨は嫌いか。
 ユキヲは笑って答える。嫌いじゃないよ。
 そうだろう。では濡れて帰るか。
 折角だからお喋りしようよ。
 何だか面白そうだと、そこに夕立まで加わるものだから、この雨はしばらく止みそうにない。
posted by sakana at 16:52| Comment(0) | ミルク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

竹輪

 竹輪の穴から未来を見る。竹輪は長ければ長いほど、遠くの未来が見えるというのは有名な話。けれど竹輪はとても柔らかいのであまり長い竹輪では曲がってしまって穴の先が覗けない。
 あるとき竹輪職人のサヤネさんがとても長い竹輪を完成させた。竹輪界にその人ありとまで言われる彼女の竹輪は、程よく硬く真っ直ぐで、これなら明後日くらい先の未来まで届くはずだと誰もが興味深々だった。
 ユキヲがこれを覗くと、なにも見えなかった。誰が見ても何も見えないようだった。そうなるとみんな我慢できずに竹輪を食べてしまう。次々に頬張って、みんな蕩けるような笑顔になった。
 そこでユキヲは気付いた。こんなにも美味しい竹輪が明後日まで残っているはずがないってことに。
posted by sakana at 12:54| Comment(0) | ミルク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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