2008年12月26日

白に沈む、赤が沈む。

 文字の、記号の、線の、数の、一切がない、ただただ白いだけの地図を、ぼくは持っている。正確には地図とはいえないのかもしれないが、この処女雪のような白を片手に歩くと、目的地まで最短の道順でぼくを運んでくれる。そういった意味では、やはりこれは紛れもない地図といえた。
 今日も真っ白な地図を広げる。行きたいところを強く念じながら、赤いペンで印を付ければ、ただ進むだけで迷うことなく地図は導いてくれる。

 迷子になるたび、ぼくは赤い点を打つ。
 目的地に着けば、赤い点は消える。
 赤い点が消えれば、ぼくはまた迷子になれる。

 この地図を手に入れてから、見慣れているはずの街並みが段々と不自然に歪むようになった。桜の花が薄青に見えたり、赤信号が黒になってしまったり、飼育小屋の兎の黄色い眼、白いポスト、緑の金魚。そして人は消えた。
 狂ってしまった視界の所為で、いつのまにかぼくは、一歩進むごとに道に迷ってしまうようになった。恐くて地図を閉じることが出来ない。赤いインクはみるみる減っていき、ついにはなくなってしまう。
 ぼくは代わりになる赤を探した。けれど、ぼくの、周りには、もう、一切の、赤が、存在、しない。

 ここ、ここ、ここは何処?
 あか、あか、あかは何処?
 ぼく、ぼく、ぼくは何処?
 きみ、きみ、きみは何処?

 天を仰ぎ、蛍光燈のような乳白色の太陽に手をかざす。流れる赤がまだここにある。ぼくはこの世界で最後の赤色だった。
 ぼくは目を瞑って、きみを思い描く。それから指先を噛み、地図に赤い点を落とした。
 ゆっくりと目を開く。変わる世界。周りから一切の色がなくなり、真っ白になってしまった。何処まで行っても白。何をしても白。何を思っても白。
 ぼくはもう迷うことはない。ぼくはそう迷うことが出来ない。

 時々ぽつりと、赤い雨が降る。


posted by sakana at 23:20| Comment(1) | 千文字世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

色彩の魔術

「赤色魔法と青色魔法、どっちが好きかな?」
 幼なじみがそう訊くから、魔法の知識などまったくないまま「赤」と応える律義なぼく。
「実験に付き合ってくれるの? やった! らぶりー」
「実験て! どっちが好きかって話じゃ!」
「だいじょーだいじょー」
 ぽむぽむとぼくの肩を叩く。「まったく心配ナッシン。だってまだまだ修行の身。そんなに巧くはいきません。赤色はねー。アドレナリンフルスロットル! 完成すれば、地獄の業火。すべてを燃やし尽くす……」
「ストップ」
「名付けて『骨まで愛して苦悶式』だよっ☆」
「止まれよ! 何がだよっ☆だよっ☆」
「ノリが良いねー。じゃ青? 青色はやっぱり冷気だよね! 涼しくて夏には丁度良いんじゃないのかな? 凍てつく氷の微笑み、冷たい孤独……名付けて『末端冷え性を直す代わりに全身冷え性にしてしまえ。検証第一回<大は小を兼ねるのか?>サブタイトル<毒を食らわば皿まで高価>』」
「長っ! しかも必要ない誤字だし!」
「もうっ我が侭なんだから。しょうがないなー。了解なんだよ。両方なんだね」
「言ってねえよ!」
「矛盾しちゃいそ〜恐いなあ。じゃあ青色からねっ☆」
「聞けよ!」
 聞かない。もにゅもにゅと呪文を唱えながら素早く印を結ぶ。「開け青色のドア。静かなる海の底。その奥の奥のさらに奥。果てに沈む青色の魔女よ。此処に青の一片を……お願いだから! 変なことしないから! 一回だけ一回だけ! ねっ?」
 そこはかとなくやらしさを感じる呪文の後、暗転。いや晴天。部屋が青く染まる。海になる。寒っ。塩辛っ。
「青の扉閉じることなく、我は赤い部屋を叩く。火炎に満ち満ちる世界に、浮かぶ誇り高き火天使よ。此処に赤の羽根を……いい娘いますよ〜。損はしませんぜ旦那。表示料金ポッキリ。ねっ社長っ、この大社長!」
 ツッコミ所があり過ぎて何処からツッコめば良いのかと迷っているうちに、現れる火天使大社長。今度は熱っ……と思いきや、意外にも適温だった。温められた海水はもう温泉で、身体から疲労を拭い去っていく。このぬるさが何とも何とも。至極極楽楽天天国。

 ふと思う。

 もし魔法に効果時間があったとして、それがどんな魔法も同じ長さだとしたら、青色魔法の方が先に終わるのかしらん、まさか湯けむり地獄変? 思った傍から、海水の温度が少しずつ上昇しているのが解る。実験は実験でもこれじゃ茹で蛙の実験だぜ? はーもう何でも良いやー。ノンノンビバノンビバノンノン。
posted by sakana at 20:11| Comment(0) | 千文字世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月27日

夕闇とマシンガン

 夕日を受けて海岸線沿いを行く赤い車は太陽と競っているかのような輝き。煌く波に向けて、僕はマシンガンの引き金を引く。引き潮に飲み込まれる弾とたらららら。からからと笑う僕に合わせ、アクセルを踏む君が口笛を吹く。ひゅーんとカーステレオからノイズ。ノンノンと僕は銃口を振る。君が震えたのは潮風がまだ冷たいからに決まっている。
 大学病院から抜け出して、君は僕を何処へと導くのか。教授すら開いたものの閉じることしかできなかったその胸の中に、いったい君は何を入れているのか。ハンドルを握る君とは視線を合せられないから、僕には良く解らない。目を見ても解るわけがない。
 死に至る病。いつでも殺せると余裕を見せて悪魔が君の頬を撫でている。その隙に奴の思惑を打ち砕いてやるよ。どうせもうすぐ散る命。いっそ僕にくれないか。君が死んだら僕も死ぬ。仲良くあの世で踊ろうよ。いま狂ってしまえばどれだけ楽か。振れてしまうぎりぎりのラインを描いて精神が波打っている僕の横、どうしてそんなに冷静でいられるのか。君はまだ壊れてしまうには早過ぎる。
 日が暮れてしまう前に、岬の駐車場に車を停めて風に当たる。ここが君の選んだ場所と時間。太陽が海に沈みかけている。銃口を胸に向ければ、君は確かに微笑んだ。チーズ。僕はカメラのシャッタを切るような気軽さで、君を撃つ。
「……」
 最後に君が呟いた言葉は僕まで届かない。ありがとう? どういたしまして。さようなら? またね。愛している? 僕もだよ。ごめんなさい? 謝るなよ。楽しかった? 辛かった? 苦しかった? 切なかった? 何でも良いさ。すぐに逢いに行く。
 遠くにサイレンの音。近くに君の容れ物。夕闇の幕が降りてしまうその前に、たらららら、君の傍。
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2009年03月31日

キウィフルーツ

 ふと立ち止まった橋の上で視線を下に持っていくと、川面に浮いている満月がゆらりゆらりと揺れていて、蛇腹に崩れた円になっているのが目に入る。弱く風が吹いているのだろうか、柳の葉も小さく囁いていて、その間をまだ早い虫の音が通り抜けた。
 二次会まで参加した所為で、半袖のシャツではいささか肌寒い。視線だけを川面から戻し猫背になったまま二の腕を擦ると、欄干の上にはついぞ先ほどまでは居なかったはずの黒猫と目が合う。「にゃあ」と外見とまるで似合わない甘えた声を出す黒猫はとても美味しそうな緑色の瞳をしていたので、鞄の中にあった魚肉ソーセージのことを思い出した。
 欄干に自身も腰掛けて隣り合わせになるのだが、野良猫は警戒心が低く、近付いても逃げる素振りすら見せなかった。そのままの姿勢で鞄からソーセージを取り出し、オレンジの包装を解いたのだが、そこで悪戯心に火が点いてしまう。
 長いままのソーセージを握った左手を猫の前に持っていき、ふるふると震わせ、興味を持たせたところですっと引く。お預けを食らった猫は欄干から落ちそうになりながらもなんとかバランスを取って、元の位置に戻った。悪かった悪かった。今度はちゃんと与えよう。そうしたところで猜疑心に満ちた猫の眼がきらりと光ったと思うと、川に浮かぶ歪んだ月が黄色い蛇になって水面から離れ、私の腕を食い千切ってしまう。橋に転がる魚肉ソーセージを握ったままの肘から下の腕。猫はひらりと欄干から降りると、私の手の中のソーセージを嬉しそうに眼を細めて食べている。私は腕の方が美味しそうなのにと思うのだった。
posted by sakana at 12:49| Comment(0) | 千文字世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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