2008年12月30日

with all her sweet

 あるところに一人の女の子が切り盛りする洋菓子屋さんがありました。少し鬱なところがあるその少女は料理の腕がとても良く、特に甘いものに才能は発揮されるようでした。彼女によって作られた皿たちは清流を行く鮎のような美しさとしなやかさを見せ付けて、見た目も味も完璧としか言いようがありません。
 そして何より彼女には料理に感情を入れるという特技があったのです。それは決して誇張でも比喩でもありません。楽しいときは楽しいという感情をスポンジに込めて焼き上げ、嬉しいときには嬉しいという感情をエッセンスにしてメレンゲを泡立てるのです。それらを使った一品を食べた人は織り込まれた感情を自分のものにして喜びました。
 綺麗で美味しくて幸せになれるとあってはお店が繁盛しないわけがありません。それでも感情を料理に盛り込むということは感情を失うということと同義なので、彼女は辛い感情だけを抱えていきました。そこに少女が鬱になっていく原因があるのです。けれど優しい彼女は段々と心が濁っていくように感じたり精神が病んできていると気付くことはあっても、良いことがあるとすぐに料理に閉じ込めて振る舞いました。
 あるとき身体の中のもやもやが破裂しそうなほどに高まり、少女は苦しみました。悩んだ末に彼女は料理に吐き出すことにしたのです。負の心はとても濃く一滴垂らしただけで味が固まってしまいそうでしたからいつも以上に手早く仕上げるようにと、少女は少々焦りながらも完成させていきました。当然のように出来上がった皿は今までに無い形をしています。楽しいとき嬉しいときのホイップクリームのような蕩ける甘さが無く、飾り気は無いけれど洗練された美しいビターチョコレイトケーキ。意外でした。
 けれどこれには鬱蒼とした精神が注入されているため、人に食べさせるわけにはいきません。とはいえ野に捨てれば鼠や猫が、海に流せば鳥や魚が口に入れないとも限りません。だから彼女は自分で食べることにしました。ほろ苦い味がとても美味しく染み渡って、心に帰ってきます。けれど不快ではありませんでした。手を加えることで多少なりとも薄まって戻ってきたからかもしれません。
 彼女はそれから自分用に料理を作ることにしました。その所為で体重も少し増え、鏡に映し出された姿が新たにもやもやを産みましたが、それすら料理にして楽しみました。そうして少女はとても表情が豊かになり、鬱であった頃の気配を微塵も感じさせないようになりました。
 美味しい料理とはそういうものです。君が感じたすべて。


posted by sakana at 01:15| Comment(1) | 作家協会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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